相続税対策を種々講じて居られる方でも、海外財産となると殆ど手着かずなのが実情ではないでしょうか。当該国に相続税・贈与税に類する税制が有るかどうか程度は確認されると思いますが、これ丈で判断すると対応を誤ることに成り兼ねません。税制の有無と実際の税負担との間に、単純な連関性がないことが有るからです。税理士等の職業専門家に相談しても、業務領域外だとして二の足を踏まれる方が多いのではないかと思います。これは現地の税制に関する資料や情報が少なく、また日本とは仕組みが大きく異なる為で、或る意味仕方がないことかも知れません。
被相続人が海外不動産を所有している場合に、日本ではこれを含む全世界財産につき相続税申告をしなければなりません。一方アメリカでは、非居住者たる被相続人が米国内に所有する遺産のみに連邦遺産税と州遺産税が課されます。また後者については州毎に課税相続財産の範囲等が異なるため、これに精通した現地CPAを起用することが必要です。日米で二重課税が発生した場合は、日本で外国税額控除の適用を受けることに依り二重課税の一定部分が排除されますが、此れには米国税制に関する相応の理解が不可欠です。今回はご相談事例が多いアメリカに所在する不動産を中心に、米国の相続手続きと関連税制の概要を纏めましたのでご参照下さい。
1.相続手続きに関する準拠法:UPC(Uniform Probate Code)
日本では民法で相続手続きが規定されていますが、米国では統一プロベイト法又は各州が独自に定めた州法により手続きが進められます。相続手続きが日本とは異なり、また米国内でも州に依り異なるため、実務に通じた各州の弁護士に相談することをお薦めします。
遺言がある場合は、遺言執行人(Executor)が負債及び費用を清算後に残余財産を分配します。遺言がない場合は、プロベイト裁判所が選任した遺産管理人(Administrator)が遺産分割を行います。日本の様な相続人間の分割協議がなく、法定相続分を考慮した分割が行われるのが一般的です。プロベイト完了にはIRSの申告修了証明書(Estate Tax Closing Documents)が必要になります。時間と費用が掛かる為、不動産や銀行預金をジョイント名義にしてプロベイト対象から外すことも屡々行われます。
2.米国遺産税の納税義務書と課税範囲
米国の遺産税と贈与税は別個の税制ではなく、連邦統一移転税制(Federal Unified Transfer Tax)下での一気通貫に依る税制です。贈与税は遺産税の前払いとの位置付けなので、先ずこれをしっかり理解する必要が有ります。
日本の相続税は、財産の取得者が納税義務者になります。対して米国遺産税は課税財産の移転に係る税金ですので、個人ではなく遺産(Estate)に課税されこれから遺産税が支弁されます。これが大きな違いです。被相続人の類型としては、米国市民と米国居住者、米国市民以外の米国非居住者の3通りに分けられます。前2者は全ての財産が、米国非居住者は米国内に所在する財産のみが課税対象になります。注意が必要なのは米国所得税と米国遺産税とでは、居住者・非居住者の概念が異なることです。米国遺産税法では、米国市民以外で死亡時に米国以外に”Domicile”を持っている者は、米国市民以外の非居住者に区分されます。Domicileとはその地を離れる意思がない永住地とされていますので、日本への帰国意思がある駐在員は所得税と異なり遺産税上は非居住者になります。間違え易い点です。
州によっては、連邦遺産税のほかに州独自の遺産税を課すところがあります。
3.米国非居住者の米国遺産税の課税対象・不動産の評価方法・控除制度・税額計算の仕組み
①課税対象財産の例示
米国に所在する不動産、米国に所在する現金・自動車・貴金属・家具等、米国法に拠り設立された法人の株式及び出資、米国債及び地方債、米国所在の信託財産・パートナーシップ持分・会員券等が課税対象になります。米国法で設立された法人の株式が課税対象ですから、例え株券が日本に所在したとしても米国法人であれば課税対象になります。逆に米国の不動産を所有する日本法人の株式は対象になりません。一方非課税資産ですが、利息が米国でのビジネスに関連がない米国銀行の預金、米国銀行の海外支店の預金、外国株式や公社債等が該当します。
被相続人が生存者取得権を持つジョイント資産に就いては、原則的に被相続人の持分相当が遺産総額に含まれます。夫婦合有不動産などの適格ジョイント資産に該当する場合は、その2分の1が遺産総額に算入されます。この特例を適格ジョイント資産ルールと言いますが、生存配偶者が米国市民でなければ適用がなく原則的な取扱いになります。
被相続人の死亡に伴い支払われる生命保険金は、保険約款で保険加入者(被保険者)が契約所有者としての権利を有している場合は課税対象、いない場合は対象外になります。
②不動産の評価方法
不動産の評価は、通常不動産鑑定士(Appraiser)に依頼します。IRSは原価法・収益還元法・売価価額比準法の3方法を認めていますが、一般には売価価額比準法が用いられます。比較可能な対象物件を選定し、売却時期・築年数・賃貸期間・地積や床面積・間口等の要素により価格調整を行う方法です。更地に就いては評価日以前の売買実例価額を基に評価しますが、これがない場合は比較売却価額法(Market Approach to Value)に拠り計算します。
③遺産から控除できるもの
被相続人の死亡時の負債・葬式費用・寄付金などが控除されます。配偶者控除は、生存配偶者が米国市民でない場合(例えば日本国籍)には原則として適用がありません。米国人と結婚して米国に居住していても、日本国籍であれば適用外ですが、申告期限以前に米国市民権を得るなど一定の要件に合致すれば適用が受けられます。因みに米国の配偶者控除は日本と異なり、税額控除ではなく課税遺産総額からの控除になります。
④税額計算
基礎控除は日本の様な遺産課税価格からの控除ではなく、統一基礎税額控除として処理されます。米国居住者の場合は、最高統一基礎税額控除額を遺産額に置き換えると直近で11.7百万ドルになりますが、非居住者のそれは僅かに6万ドルに過ぎません。但し以下6に詳述の通り、日本の居住者が日米相続税条約第4条の特例適用を申請すれば基礎控除額が大幅に増額されます。この他に贈与税額控除と相次相続税額控除があります。米国非居住者は米国外に所在する財産が課税対象外なので、外国税額控除の適用はありません。連邦遺産税には18%から40%までの12段階の累進税率が適用されます。
4.米国贈与税の納税義務書と課税範囲
米国贈与税の納税義務者は贈与者です。米国市民及び米国居住者は全ての贈与財産(全世界財産)に対して贈与税が課せられます。有形・無形を問わず相当の対価なしに資産や持分の移転が行なわれた場合は贈与になります。低額譲渡は適正時価との差額が贈与になりますが、第三者との正常取引は適正時価とされ贈与税の課税がありません。政治資金・慈善団体への寄付・教育や医療費に係る贈与は非課税扱いになります。
5.米国非居住者の米国贈与税の課税対象・控除制度・税額計算の仕組み
贈与者が非居住者の場合は、米国に所有する財産の贈与についてのみ米国贈与税が課せられます。また非居住者に就いては無形資産の贈与が課税対象から除かれます。無形資産には、米国法人の株式・連邦政府や州発行の公債・米国法人発行の社債・米国の投資信託等があります。
贈与財産からの控除ですが、年間基礎控除15千$(物価変動に応じ見直し有り)・米国慈善団体への寄付金控除・配偶者控除があります。米国市民以外の配偶者への贈与に就いては配偶者控除の適用がありません。その為15千$の年間基礎控除額に替え、152千$の特別基礎控除額が設けられています。
各種控除後の贈与課税価格に税率を乗じて贈与税額を算出します。総遺産額に加算された課税価格に係る贈与税累積額は、贈与税額控除として遺産税額から控除されます。贈与税額の計算には、遺産税と共通の統一税額表が用いられますが、贈与者が非居住者の場合は統一基礎税額控除が適用されません。
6.日米相続税・贈与税租税条約の特約事項
財産の所在に関する規定が、各国内法と租税条約で異なる場合があります。特に株式や出資についての所在地判定には注意が必要です。
米国内国歳入典(Internal Reventu Code)で、非居住者に認められた遺産税基礎控除は僅か6万ドルに過ぎません。米国市民の統一基礎控除11.7百万ドルとは雲泥の差です。これを是正するため日米相続税条約第4条に、被相続人が日本国籍を有する場合は、11.7百万ドルX米国内遺産X全世界遺産の計算で求められる金額を遺産税基礎控除とする旨の規定があります。
7.米国遺産税や米国贈与税の申告及び納付
米国に所在する非居住者の課税遺産価額が6万ドルを超える場合は、遺産税申告をしなければなりません。連邦遺産税については日米相続税条約の特例を適用することが出来ますので、殆どの場合に遺産税支払いなしで済みます。ところが州の遺産税は租税条約の対象外なので、ハワイ州その他では遺産税支払いが必要になります。米国遺産税の申告期限は、被相続人の死亡から9か月以内です。プロベイトの遅延など一定の場合には6か月の期限延長が認められますが、その場合は見積り納付が必要です。そうすると、日本の相続税申告期限(10か月以内)までに米国遺産税が確定しない場合が出て来ます。この場合は外国税額控除なしで期限内申告書を提出し、米国遺産税が確定した時点で外国税額控除を適用して更正の請求を行います。若しくは見積り納付額で一旦外国税額控除の適用を受け、確定した時点で精算税額相当の修正申告(または更正の請求)をすることも可能です。
米国非居住者の贈与税の申告・納付手続きは米国市民・居住者と同じです。贈与をした年の翌年4月15日までに連邦贈与税申告書を提出しなければなりません。一定の場合には6か月の期限延長が認められます。贈与合計金額が年間基礎控除額15千$以下の場合や、適格教育費・医療費の贈与のみの場合は申告不要です。
8.日米間の二重課税に対する日本の外国税額控除制度
日本に住所を有する日本人は、無制限納税義務者として米国に所在する財産について相続税が課されます。一方日本の居住者が米国に所在する財産を残して死亡した場合は、米国で当該遺産に就き遺産税が課されます。この結果日米間で二重課税が発生しますが、これに就いては相続税法第20条の2(在外財産に対する相続税額の控除)で ”相続又は遺贈によりこの法律の施行地外にある財産を取得した場合において、当該財産についてその地の法令により相続税に相当する税が課せられたときは、当該財産を取得した者については、第15条から前条までの規定により算出した金額からその課せられた税額に相当する金額を控除した金額をもって、その納付すべき相続税額とする”と定められていますので、米国で納付した遺産税は日本の相続税から控除することが可能です。贈与税に就いても相続税法第21条の8に拠り同様主旨の取扱いになります。
9.日本の相続税申告における海外不動産に係る小規模宅地等の特例の取扱い(参考)
租税特別措置法には特例対象宅地等の所在に関する規定がありませんので、一定の要件を満たせば米国不動産にも適用があります。但し特定居住用小規模宅地等の特例に関しては、措置法第69条の4③二ロ(いわゆる家なき子に関する規定)で、適用が受けられる親族から外国籍の制限納税義務者が除外されていますのでご留意下さい。
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