この夏から中国籍で日本に居住されている方からの、中国に所有する不動産の譲渡に係る税務相談が増えてきた。どうやら6月14日に成立した入管法(出入国管理及び難民認定法)の改正が影響しているらしい。
今回の入管法改正とは如何なる内容か。恒常的な人口減と労働力不足に悩む日本にとっては、外国人労働者の拡大が喫緊の課題だ。今回の改正では、就労を通じた人材育成及び人材確保を目的とする新たな在留資格として育成就労の在留資格を創設し、育成就労計画の認定及び監理支援を行うための外国人育成就労機構を設けることになった。同時に永住許可については、要件を一層明確化し、その基準を満たさなくなった場合等の取消事由を追加した。因みに10年以上の在留や納税等の公的義務を果たしていることが、永住権付与の現行ガイドラインの一つになっている。一方、虚偽や不正な手段で永住権を取得し、或いは虚偽の住所を届けている場合は永住権取り消し要件に該当する。今回議論になったのは、税金や社会保険料を故意に払わない場合や、住居侵入や傷害など一定の罪を犯した場合が新たに取消し要件に加えられたことだ。法曹界の一部からは、病気や貧困で止む無く滞納するに至った場合でも永住権を取り消される危険があるとの反対意見が出された。これに関しては取消しに当り生活状況等に十分配慮することが付則に明記されているので杞憂と考えられる。前者に関連して、国や自治体が故意の税の未納を知った場合は通報できる仕組みが設けられた。滞納を放置すれば不平等や永住者全体への不当な偏見を招くとの、自治体からの強い意見が反映された形だ。
なぜ永住権取得者の故意の税未納がこれ程問題視されるのか。政府説明やマスコミ記事にはないが、中国籍永住権保有者による中国不動産売却に係る税務申告が適正に行われていないことが大きな原因になっていることは確かだ。中国資本に依る投資目的の不動産の買い漁りが顰蹙を買っていることも一因であろう。
所得税法及び日中租税条約の規定では、日本の居住者による中国不動産産の譲渡に付いては日中両国で申告納税を行わなければならないこととされている。これは彼らも充分承知の上だ。無申告・無納税に対しては厳しい罰則が科されることも理解しているだろう。では何故申告納税しないかと言えば、露見する可能性が低いと考えているからではないか。確かに日本の税務当局が補足することが難しいのは事実である。国内不動産であれば売買等による移転登記があれば全て法務局から税務署に情報が届くが、中国不動産になるとそうは行かない。金融機関等を通じて国外へ送金、又は国外から送金等を受領した場合は、金融機関等に対し国外送金等調書の提出を義務付けている。これを基に税務署から「国外送金等に関するお尋ね」が送られ、確定申告の有無や取引の確認、書類提出を求められることがある。此方に付いて補足漏れが起きることは考え難い。
一方中国における個人の外貨管理だが、①個人(中国人公民・外国人とも)は、身分証を提示すれば、年間累計 US$5 万の範囲内で、人民元から外貨に換金できる ②中国人公民の外貨口座内の対外送金は、当日の送金額が US$5 万以内であれば銀行に身分証明書を提示する事で認められる。超過する場合は、用途説明資料の提示が必要となる ③外国人個人の外貨口座内の外貨は、銀行に身分証明書を提示することで対外送金が認められる。人民元から外貨への換金に付いては総量枠制限が無く、個別に銀行手続をした上で外貨換金を行う。外貨口座内の資金の対外送金は、中国公民よりも遥かに規制が緩い(=送金額の制限がない)。従って日本に帰化した中国人であれば正規の手続きを経て売却代金を全て日本に取り寄せることが可能である。
中国側の規制を回避するため、公式の金融システムを通さず非公式な方法で資金移動が行われているとも言われている。例えば中国国内の地下銀行に資金を預け同額を海外の地下銀行から引き出す、或いは香港の金融機関に口座を開設しそれを金融商品に投資するなどの手法があるらしい。こうした非公式手段は事故リスクも高いと思うが、仮にそうした手法で資金が取り寄せられるとすれば税務署が国外財産調書制度で補足することは難しい。こうした実態がある以上は、意図的な課税逃れを行った永住者に対する永住権取消し措置は当面止むを得ないのではないか。
中国では所有期間5年以上・唯一住房・面積制限を満たせば、個人所得税及び土地増値税が免除にされるのに、何故日本で税金を払わねばならないのかとの不満を屡々耳にする。然しながらこれは些か的外れな主張である。日本の不動産譲渡所得課税は国際的に見ても中立的な税制で、米国のそれと比べても税負担が少ない。寧ろ中国のそれは土地所有制度の相違もあろうが国際的に珍しいと云わざるを得ない。日本の居住者が所有する米国不動産に関してこの種の課税逃れの話は殆ど聞かない。米国では非居住者の売却代金に対して高率の源泉徴収が行われ、非居住者は過大徴収された源泉税の還付を受けるために確定申告を行うからである。加えて日米間の二重課税については日本で外国税額控除の適用申請をすれば排除されることも理由の一つと考えられる。
税理士としては、中国不動産の譲渡に係る日本での税務申告を意図的に回避し僅かな金を出し惜しんで、生活の基盤である永住権を失うリスクを踏むのは本末転倒ではないかと思う。
(注)非永住者の通り扱いについて
日本の居住者であっても非永住者に付いては、国内払い又は国内に送金されたもの以外の国外源泉所得には所得税が課されない。非永住者とは、居住者のうち日本国籍を有さず、かつ過去10年以内において日本に住所または居所を有していた期間の合計が5年以下の個人を言う。
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