■ 晩夏の信州松本

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少し早めに夏休みを頂いて信州松本への小旅行に出掛けた。会津若松と共に愚生お気に入りの町だ。初めて訪れたのは旧サイトウ・キネン・フェスティバルを聴きに行った時だから随分時が経つ。今春亡くなられた小澤征爾氏も未だお元気で、赤いスポーツカーで市街を疾走していたとの逸話を屡々耳にした。真偽の程は明らかでない。松本の何処が気に入っているかと言えば、城下町特有の落ち着いた佇まいと、地元の皆さんのお持て成しの心だろう。何とはなしに京都のそれと相通じるものがある。何れも古都の観光に欠かせぬが、一朝一夕で身に付くものではない。
松本でもインバウンドの外国人を目にすることが多かった。小さな子供連れの夫婦がのんびりと公園を散策する姿を見ると心が和む。日本文化の再評価の機運もあろうが、やはり外国人旅行客にとっては国際的に突出した円安効果が大きいのではないか。愚生もかっては嫁さんと娘を帯同して海外旅行に出かけた。特筆すべきは北京旅行で、ガイドとドライバー付の家族専有車かつ、宿泊は老舗の北京飯店と言う今では考えられない大名旅行であった。尤も特段無理をしたという記憶はなく、円元の為替レートや物価水準が違っていたと言うことであろうか。現在は中国からの観光客が全国津々浦々を闊歩し真逆の体験を余儀されているが、彼我の経済力の逆転、軍事力の違いからすれば已んぬる哉である。過度の円安は安倍内閣と黒田日銀が野放図に続けた超金融緩和・低金利政策が齎した弊害と言う他ないが、雑感では政治向きの話をしないことにしているので言いたいことは山ほど有れど控えたい。
松本城の夜景は何度見ても飽きない。漆黒のお堀とライトアップされた白壁のコントラストが見事で、幽玄と言う他ない。武家屋敷跡を抜け、女鳥羽川沿いにナワテ通りを歩くとやがて古社に辿り着く。四柱(ヨハシラ)神社と呼ばれ、天地万物を創造した天之御中主神を御祭神とし、望みを須らく叶える「願い事結びの神社」として信仰を集める。幸いにも当家に特段の悩み事はないので、通り一遍だが家内安全と商売繁盛を祈願した。境内の社務所に良さげな蕎麦処があった。小林本店と言う地元では良く知られた老舗で、野菜主体の天ざるが売りだそうな。確かに麺・汁・天ぷら何れも美味である。この辺りは源智の井戸など多くの名水に恵まれて居り、蕎麦が美味いのは当たり前かも知れぬ。もう一軒美味い蕎麦屋をご紹介したい。安曇野郊外にある上条でご存じの方も多いと思う。人気店とて土日は入店だに叶わず、愚生も何度目かの挑戦となった。丁度新玉ねぎの出荷時期なのでかき揚げせいろを頼んだ。玉ねぎは余り得意ではないが、岩塩で食すると仄かな甘みと相まって中々に美味い。
松本・安曇野には特色のある美術館が数多くある。今回は日本浮世絵博物館を訪れた。北斎・広重など19世紀の作品を中心に10万点以上の収蔵品を有しているが、限られたスペースでは展示しきれないため期間を区切りテーマを絞って関連作品を公開している。従って随時見たい絵が見られるとは限らない。今回は江戸の妖怪・幽霊と題して芳年の「源頼光の土蜘蛛」や国芳の「相馬の古内裏骸骨」などが展示されていた。それなりに楽しめたが、個人的には芝居小屋などを描いた壮観な錦絵が好みだ。初代歌川国貞の「踊形容江戸繪榮」は安政5年に市村座で上演された「暫」を描いた大作で、壮大な構図と華やかな色彩に圧倒される。残念ながら写真でしか見たことがないので、作家の精緻に書き込む技量と根気を実物の錦絵で確かめたいものだ。

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