昨年師走に顧問先代表役員のお母様が亡くなられました。都心に広い自宅兼賃貸マンションを所有(長男との2分の1共有)され、金融資産も多かったので相続財産の実勢価額は悠に3億円を超えましたが、前広に相続税対策を施すことで相続税総額を3百万円程度に収めることが出来ました。このところ過度の節税策が横行し、相続税財産評価基本通達第6条(この通達の定めにより難い場合の評価)に拠り税務当局から否認提起される事案が増えています。態々その様なことをせずとも、汎用的な節税対策を前広且つ漏れなく施せば相応の節税が可能になります。相続財産が多額である他にも、非居住者相続人・小規模宅地等の特例適用・遺留分減殺請求そのた判断を誤るとトラブルに成り兼ねない課題が幾つか有る事案でしたので、モデルケースとして皆様にご紹介させて頂きます。
1.法定相続情報証明制度の活用、相続人の中に非居住者がいる場合の対応
相続人の範囲とその法定相続分を特定することから申告事務が始まります。先ず被相続人の出生から死亡に至るまでの連続した戸籍謄本と住民票除票の入手が必要です。被相続人の兄弟姉妹が相続人となる場合は、被相続人の父母の戸籍謄本も必要になります。原則として遺族が準備しますが、税理士に作業を委託される場合は職務上請求書を用意します。次に相続人に就いてですが、全員の戸籍謄本と住民票及び印鑑証明証の入手が必要です。
相続人の中に非居住者がいる場合は、課税範囲・申告及び納税方法が異なるため注意が必要です。債務控除や特定居住用小規模宅地等の特例が受けられない場合があります。事例では法定相続人中に米国と泰国の居住者が居られました。非居住者が無制限納税義務者か非居住者制限納税義務者の何れに該当するかの判定には戸籍謄本(付票)と住民票が必要です。尤も非居住者が住民票を提出をすることは出来ませんので、代わりに在外公館が発行する在留証明書とサイン証明書を用意します。また非居住者には申告書の提出や納税が認められていないため、通常は税理士が相続税納税管理人を受任しこれに当ります。この他にも居住地国の税制次第では、基礎控除額を超えると日本での相続税申告のほかに居住地国での相続税申告納税が必要になるケースがありますのでご留意下さい。
相続財産に係る問い合わせや名義変更の際は、その都度上記書類の提出が求められます。特に銀行や証券会社はこれが無いと照会にも応じないため、融通が利かぬ担当者に当たると苦労します。平成29年に法定相続情報証明制度が創設され、法務局で法定相続情報一覧図を作成すれば(任意)、認証付き写しで全てのケースに対応出来るため大きな事務軽減に繋がります。
2.遺産分割協議書の作成、遺留分の紛議回避策として代償分割を活用
遺言書を用意していない場合に、被相続人を急かして性急に作成することは精神的・肉体的な負担を与えかねません。特に認知症の疑いがある場合などは遺言書の正当性そのものが疑われることになります。本事例では、共同相続人間で良く話し合われ、遺産分割協議の形を採ることになりました。
遺産分割に於いては、相続人間の公平性の確保・遺産形成への寄与度・被相続人の療養や介護への貢献度を斟酌するのは当然ですが、誰が何を取得すれば相続税総額が低く抑えられるかと、分割後の相続財産の利用や運用実務を考える必要があります。相続税の総額は法定相続割合に従って遺産を取得したものとして計算しますが、前段階の課税価格合計は各相続人の実際の取得状況に応じて計算します。誤解されがちですが相続税は全て法定相続割合に従って計算する訳ではありません。影響が大きい小規模宅地等の特例適用で、適用資格のない相続人が自己の取り分に固執して宅地の現物分割を主張し、結果的に不必要な相続税総額の増加を招くことがあります。この様な場合には、金銭による代償分割で調整することをお勧めします。本事例では適用要件と相続後の管理を考慮して、自宅兼賃貸マンションと主な金融資産は長男が取得し、その他の遺産を共同相続人間で分割して、取得財産割合が歪な部分は長男からの現金に由る代償分割で調整しました。
3.相続税法や租税特別措置法の不動産に係る評価減規定の活用
多くの相続では相続財産評価額に占める不動産の割合が4割弱と言われています。本事例では実勢価額ベースで実に83%が不動産でした。土地の多くは路線価で評価されますが、これは実勢価額の8割程度に抑えられています。更に限度面積内で一定の要件を満たす場合は、特定居住用宅地等の80%、特定貸付事業用宅地等は貸家建付地の21%減額後の50%が、小規模宅地等特例により課税価格の圧縮が可能です。つまり課税価格に算入されるのは、居住用宅地等で16%、貸付事業用で31.6%にしか過ぎません。都市・地方の区別なく、また地価の高低に拘わらず、面積制限や圧縮割合が全国一律に適用されますので、都心の路線価の高い宅地に上手く活用すれば多大の節税効果が得られます。
ここで注意しなければならないのが、特例の適用要件です。遺族の居住や生計の安定確保との制度の趣旨から、適用可能者が厳しく制限されています。事例では特定居住用宅地等と特定貸付事業用宅地等の抱き合わせで適用が受けられる様に見えますが、実は特定居住用宅地等の特例適用が受けらません。詳細は割愛しますが、被相続人と長男は一棟の建物内に住んではいるものの、被相続人の居住部分が区分所有登記され、且つ両者の生計が非同一であるためです。これに気付かず特定居住用宅地等として申告し否認されますと、過少申告加算は勿論のこと修正申告で特定貸付事業用に振替適用することが難しい場合があります。これに就いては諸説ありますが、錯誤の内容によっては修正申告での振替が認められるとの見解が多い様です。
4.一時払い終身保険と小規模事業者共済制度で高齢者でも生命保険金と死亡退職金の非課税規定を活用
生命保険金に相続税の非課税枠があることはご存じだと思います。問題は高齢者には加入年齢制限があることと、保険料率が高いことです。この様な場合は、一時払い終身保険を利用されることをお薦めします。ゼロ金利時代には多くの商品の販売が停止されていましたが、金利上昇に伴い新たに予定利率が2%を超える商品も出てきました。加入年齢制限ですが、90歳は勿論のこと95歳の方でも認めるものがある様です。定期保険と異なり、遺族の生活保障が目的ではなく節税が目的なので、加入後短期間に給付事由が発生し保険金支払い額が払い込み保険料を下回ることがあっても、然程気にされる方は居られぬ様です。本事例では、90歳前に2千万円の金利連動型終身保険に加入しており、運用後の支払保険金は2千万円を超えました。
死亡退職金にも相続税の非課税枠があります。但し高齢者が、会社勤めで多額の退職金を受給すると言うのは有り得ない話ですが、本事例では特定同族会社の不動産サブリース会社を設立していました。被相続人はこの会社の取締役で、小規模事業共済制度に加入していましたので、死亡に伴い共済金Aが支払われました。 遺族が受取る死亡退職金は見做し相続財産となり、一定額が非課税になります。本事例では12百万円余の受取共済金の全額が非課税になりました。
5.マンションの相続税評価規定の変更に留意
令和6年1月1日以降に相続又は贈与により取得した居住用の区分所有財産(所謂分譲マンション)の評価方法が変わりました。マンションの評価は、建物に相当する区分所有権の価額(家屋の固定資産税評価額✕1.0)と敷地利用権の価額(マンション敷地の路線価✕地積✕共有持分割合)の合計額で計算されていましたが、改正後は夫々に区分所有補正率を乗じることになります。区分所有補正率ですが、1÷ 評価乖離率で計算される評価水準が、0.6未満の場合は評価乖離率✕0.6となり、0.6以上1以下の場合は区分所有補正率の適用なし、1超の場合は評価乖離率✕1.0になります。即ち評価水準が0.6未満の物件に就いては、相続税評価額が引き上げられることになると言うことです。因みに評価乖離率とは、建物の築年数・総階数・専有部分の所在階・敷地持分狭小度に一定の指数を乗じた4つの変数に3.220を加えた総和を言います。
改正内容は以上の通りですが、如何にも計算が分り難いと思います。従って簡単に、築年・総階数・所在階・持分狭小度によっては相続税評価額が上がるケースが有る程度に理解されて居られれば充分です。ただ変更を知らずに漫然と古い情報等を基に従前と同じ計算をしますと、税税調査で引っ掛かる確率が高いと思いますのでご注意下さい。
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