グリーンカード放棄に伴うアメリカの出国税(Expatriation Tax)に関連する日本の所得税申告及び外国税額控除に就いてのご相談

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60才になるIT関連企業の役員です。米国在勤中にグリーンカードを取得し、5年前に帰国後も継続保有しています。CA州に所有する居住用家屋は賃貸中で、米国居住者としての所得税申告は適正に行っています。一方日本での不動産所得の申告ですが、理解不足から失念して居りました。年齢的なことも有り、不動産が高値の内に売却して、これに併せグリーンカードも放棄したいと考えています。ところが出国税の課税対象者(Covered Expatriate)に該当するらしく、申告を依頼している米国CPAから日本での課税関係に就いても確認を行う様にとのアドバイスを受けて居ります。ご面倒ですがこの辺りに就いてのご支援を頂けませんでしょうか。

 

詳細を伺った処この方の出国税の課税対象は①不動産のcapital gain②米国の税制適格年金受給権(401K)③個人退職勘定(伝統的IRA)の3つになります。 特定資産を除く全世界財産の見做し譲渡益が767千$の控除額を超える場合(’22年度)は、永住権放棄前に不動産を売却することをお薦めします。不動産を売却しても全世界純資産額が変わりませんのでCovered Expatriateから外れませんが、出国税は住宅譲渡益非課税等を考慮せずに税額が計算されますのでこの不利益を避けることが出来ます。次に適格課税繰延報酬である401Kですが、、分配金支払いの都度30%相当額が源泉徴収されることになります。但し日本帰国後の退職年金引出は、日米租税条約第17条①(居住地国課税)に拠り日本のみでの課税となるため米国側では非課税扱いになります。グリーンカード放棄後30日以内にFW-8BEN(CE)を提出して一旦30%の源泉徴収を受け、翌年の確定申告で全額の還付を受ければ米国での実質的課税は生じません。401Kの日本での課税ですが、一時金で受取れば一時所得になります。課税対象は、一時金受取額から自己拠出額及び雇用主負担金(case bay caseです、令183④三)を控除した投資利益相当分になります。これから特別控除額を控除して2分の1を乗じた金額が総所得金額に加算されます。米国での課税は課税繰延措置に鑑み全額が引出時の課税となるため、一般には居住地国課税により日本での課税を選択した方が有利です。最後に伝統的IRA(課税繰延報酬)ですが、放棄日の前日に積立てられた年金全額が分配されたものと見做して、評価益を含む所得全体に通常税率で課税されます。10%のペナルティ加算はありません。この対応ですが、日米租税条約第17条②で日本帰国後に受取る保険年金は日本のみでの課税となりますので、401Kと同様にグリーンカード放棄後にFW-8BEN(CE)を提出し税務上の米国非居住者になります。米国の出国税の見做し課税に係る日本での課税はありません。外国税額控除も適用されません。実際に年金が支払われた場合に一時所得又は雑所得として申告することになります。

本稿は米国の出国税の解説が目的ではありません。出版物やネット記事でも数多の記事が掲載されて居りますので、紙面の都合上詳しい説明は割愛させて頂きます。
ご相談者が出国税の課税対象者(Covered Expatriate)に該当するのは次の場合です。
・過去15年間で8年以上永住権を保有している
・放棄日時点の全世界での純資産額が200万弗以上ある
・又は放棄前・離脱前の5年間の連邦個人所得税の平均所得税額が法定額を超えている(2022年は178千弗)

1.日本での所得税申告
不動産等のcapital gain
土地建物等の譲渡所得の課税特例により当該物件の譲渡に就いては、分離長期一般譲渡(保有期間5年超)として国税・地方税合わせて20.315%の税率による分離課税が行なわれます。譲渡収入の計上時期は基通36-12で、資産の引渡しがあった日と定められています。一定の条件下で譲渡に係る契約効力発生の日とすることも可能です。従ってグリーンカード放棄に伴う出国税の見做し課税に係る日本での申告の必要はありません。申告したとしても未実現所得なので無いものとされます。
401K等のdeferred compensation
米国側では永住権を放棄すると非居住者として401K支給の都度30%の源泉徴収が行われます。対応としては放棄後に一時金で受け取り、FW-8BEN(CE)を提出して居住地国(日本)のみでの課税とすることが考えられます。401Kを一時金ではなく年金で受け取る場合は雑所得扱いになります。外国の法令に基づく保険又は共済の制度で厚生年金保険法等の規定に類する制度に就いては、当事務所では公的年金等の雑所得として処理しています。非適格年金として、本人拠出金や雇用主助成金の実額を控除して雑所得を計算される方も居られますが、転職等があると資料収集が面倒です。加入期間中の401K annual account summaryやemployer contribution statementを全て揃える必要があります。 
③伝統的IRA等のspecial tax deferred account
グリーンカードを放棄して非居住者となった場合、殆どの金融機関が口座の継続を認めない様です。IRA解約一時金は日本の課税対象になりますが、米国で課された源泉徴収税に就いては日本での外国税額控除が認められません。所令222の2④四で、租税条約で相手が課することが出来る額を超える部分又は免税となる部分は外国税額控除の対象外と定められているためです。米国で課された税額は、米国非居住者として米国で還付を受けなければなりません。
2.出国税に就いての日本での外国税額控除の可否
我が国には米豪加等の如く出国税に類した税制(国外転出時課税制度を除く)が導入されていません。馴染みのない税制なので、関連法令・通達や質疑応答事例も殆ど目にしません。そこで税大ジャーナル14号に掲載された原武彦氏の論説(出国に伴う所得課税制度と出国税等の我が国への導入)その他を基に考察を試みましたが、飽くまでも私見である旨お断りして置きます。
日本で外国税額控除の対象となる外国税の範囲は、所得税施行令221条&222条及び関係通達で規定されていますが、出国側の国の課税(出国税)に就いての入国側での外国税額控除を日本の国内法では認容していないと考えられています。日米租税条約第23条③aの規定(二重課税の排除)からも、米国出国税は日本の外国税額控除の対象外と解釈されます。この理由としては、イ)出国税は実現した所得に対するものではなく未実現の評価益に対する課税であること ロ)出国側での居住地移転と入国側での資産の譲渡の間にタイムラグがあること等が挙げられています。
縦しんば控除対象外国税であったとしても、日本では評価益に対する課税がないため、対応年度に外国税額控除限度額が創出できません。3年間の繰越控除限度額制度がありますので、この間に資産を売却すれば税額控除が受けられるのではとも思いますが保証の限りではありません。特に不動産については、グリーンカード放棄前の売却が無難です。

3.永住権放棄により保有有価証券に出国税が課された場合の事後売却に係る取得費に関する大阪国税局回答事例
米国永住権を放棄した際に保有有価証券について米国で出国税を課されたが、今後日本の居住者として当該有価証券を譲渡した場合に米国出国税時価相当額を取得費として差し支えないかとの事前紹介に対し、大阪国税局が差し支えないと文書で回答した事例です。
所得税法第60条の4(外国転出時課税の規定の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例)には、第1項で ”居住者が外国転出時課税の規定の適用を受けた有価証券等の譲渡をした場合における譲渡所得の計算については、その外国転出時課税の規定により課される外国所得税の額の計算において当該有価証券等の譲渡をしたものとみなして収入金額に算入することとされた金額をもつて当該有価証券等の取得に要した金額とする” との規定が有り、また第3項には”外国転出時課税の規定とは、外国における国外転出に相当する事由が生じた場合に当該外国の法令によりその有している有価証券等の譲渡又は決済があつたものとみなして外国所得税を課することとされている外国法令の規定をいう” とあります。回答は見做し課税を受けた上場有価証券を事後現実に売却した場合の取得費に特化した話であって、出国税に関する資産の見做し譲渡及び外国税額控除の適用可否に関する汎用的な取扱いに言及したものでないことに留意する必要があります。

*米国の出国税制度についてはJ.K.Lasser’sの「Your Income Tax 2022」を参照しています。
本稿には一部に筆者私見に基づく記述があります。
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