本稿は米国の出国税の解説が目的ではありません。出版物やネット記事でも数多の記事が掲載されて居りますので、紙面の都合上詳しい説明は割愛させて頂きます。
ご相談者が課税対象者(Covered Expatriate)に該当するのは次の事実に拠ります。
・過去15年間で8年以上永住権を保有している
・且つ放棄日時点の全世界での純資産額が200万弗以上ある
1.出国税課税対象所得の日本での所得税申告
①不動産等のcapital gain
土地建物等の譲渡所得の課税特例により当該物件の譲渡に就いては、分離長期一般譲渡(保有期間5年超)として国税・地方税合わせて20.315%の税率による分離課税が行なわれます。譲渡収入の計上時期は基通36-12で、資産の引渡しがあった日と定められています。一定の条件下で譲渡に係る契約効力発生の日とすることも可能です。従ってグリーンカード放棄時での含み益課税はありません。申告したとしても未実現所得なので無いものとされます。(以下②及び③に於いて同じ)
②401K等のdeferred compensation
公的年金等に係る所得は雑所得になります。外国の法令に基づく保険又は共済の制度で厚生年金保険法等の規定に類する制度は公的年金等に該当します。雑所得の収入時期ですが基通36-14で、公的年金等は支給の基礎となる法令で定められた支給日、その他は収入の態様に応じ他の所得に関する収入すべき時期の取扱いに準じて判定した日とされています。公的年金等については、公的年金等控除額が収入金額から控除されます。
③伝統的IRA等のspecial tax deferred account
グリーンカードを放棄した場合、殆どの金融機関が口座の継続を認めませんので、当該IRAは解約してcash outするものと仮定します。この収入は損害保険契約等に基づく解約返戻金として一時所得になります。一時所得の金額は、収入金額から拠出金等を差引き、更に50万円の特別控除を差引いた残額になります。総所得金額に算入されるのはこの残額の2分の1です。日本の課税標準は出国税のそれと大きく異なる点に留意する必要があります。一時所得の収入時期ですが、基通36-13で実際に支払いを受けた日とされています。支払者から通知を受けた日、支払いを受けるべき事実が発生した日とされるケースもあります。
2.日本での外国税額控除の可否
我が国には米豪加等の如く出国税に類した税制(国外転出時課税制度を除く)が導入されていません。馴染みのない税制なので、関連法令・通達や質疑応答事例も殆ど目にしません。そこで税大ジャーナル14号に掲載された原武彦氏の論説(出国に伴う所得課税制度と出国税等の我が国への導入)その他を基に考察を試みましたが、飽くまでも私見である旨お断りして置きます。
日本で外国税額控除の対象となる外国税の範囲は、所得税施行令221,222条及び関係通達に規定されていますが、出国側の国の課税(出国税)に就いての入国側の国に於ける外国税額控除を日本の国内法では認容していないと考えられています。日米租税条約第23条③aの規定(二重課税の排除)からも、米国出国税は日本の外国税額控除の対象外と解釈されます。この理由としては、イ)出国税は実現した所得に対するものではなく未実現の評価益に対する課税であること ロ)出国側での居住地移転と入国側での資産の譲渡の間にタイムラグがあること等が挙げられています。縦しんば控除対象外国税であったとしても、日本では評価益に対する課税がないため、対応する外国税額控除限度額が創出できません。この結果、実質的に外国税額控除が受けられないと言うことになります。
そうすると実際に不動産を売却し、或いはIRAを解約する以外に手立てがありません。この場合に資産処分が永住権放棄の前後何れかに依り結論が変わります。永住権放棄前であれば、通常の国外源泉所得に係る外国税額控除なので特段の問題はありません。放棄後の場合ですと米国側で、実際の資産処分年度に於いて時価評価課税と実額課税との差額に就き還付または追納が行われます。日本の外国税額控除の適用上、出国税(評価益課税)⇒実現した譲渡所得税に係る予定納付との取扱いになれば、米国で納付した所得税全額につき外国税額控除が受けられる可能性があります(筆者私見)。但し認められたとしても、出国時課税と実際の資産処分課税とのタイムラグ次第では繰越控除対象外国所得税の失効期間(3年)が議論になりそうです。
何れにせよ出国税適用対象者に該当する場合は、出来るだけ永住権放棄前に資産処分することをお薦めします。
3.永住権放棄により保有有価証券に出国税が課された場合の取得費に関する国税庁文書回答事例
米国永住権を放棄した際に保有有価証券について米国で出国税を課されたが、今後日本の居住者として当該有価証券を譲渡した場合に米国出国税時価相当額を取得費として差し支えないかとの事前紹介に対し、大阪国税局が差し支えないと文書で回答した事例です。
所得税法第60条の4(外国転出時課税の規定の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例)には、第1項で ”居住者が外国転出時課税の規定の適用を受けた有価証券等の譲渡をした場合における譲渡所得の計算については、その外国転出時課税の規定により課される外国所得税の額の計算において当該有価証券等の譲渡をしたものとみなして収入金額に算入することとされた金額をもつて当該有価証券等の取得に要した金額とする” との規定が有り、また第3項には”外国転出時課税の規定とは、外国における国外転出に相当する事由が生じた場合に当該外国の法令によりその有している有価証券等の譲渡又は決済があつたものとみなして外国所得税を課することとされている外国法令の規定をいう” とあります。回答は当該事案がこれ等に該当するか否かの判断を示したものですが、有価証券等に特化した話ゆえ不動産その他の資産にまで拡大解釈するのは些か無理が有ろうと考えます。
*米国の出国税制度についてはJ.K.Lasser’sの「Your Income Tax 2022」を参照しています。
*本稿には一部に筆者私見に基づく記述があります。
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