海外勤務で自宅を賃貸された方(非居住者)から不動産所得の確定申告のご相談

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商社に勤務する48歳のサラリーマンです。平成22年9月に米国子会社に転勤となり、平成27年4月に本社へ帰任しました。この間、平成22年12月から平成27年11月まで大手法人の借上げ社宅として自宅を賃貸しています。諸経費差引き後の不動産所得は僅かですが、毎月賃料の20%強が源泉徴収されています。一方米国でも居住用不動産を購入しました。駐在中に州を跨る異動があったため、平成25年8月からは個人に賃貸しており、平成29年2月現在も継続中です。海外に所有する不動産を賃貸した場合は、日本でも申告しなければならないとのことなので、平成27年と平成28年の2年分の確定申告の税務代理をお願いできないでしょうか。因みに、平成17年に自宅(一戸建て中古物件)を購入した際に、住宅ローン控除を受けるため確定申告をしましたが、それ以降に確定申告をしたことはありません。米国では平成25年以降の不動産所得を適正に申告しています。

 

結論から申し上げますと、この方の場合は平成24年分から平成28年分までの確定申告書を作成しました。何れも還付請求で、給与収入が多いことも有り総額は実に数百万円に達します。平成22年分と平成23年分は残念ながら、僅差で還付請求権が切れて居り申告は断念しました。ご依頼者は日米の個人所得税制を良く理解されており適格に資料収集のご協力を頂きましたが、それでも対象期間が長く且つ調整項目が多岐に亙るため、申告実務には相当の時間と労力を要しました。
今回の事例は、これから海外勤務をされる方(或いは帰国後の方)にとっては有用な情報と思います。限られた紙面なので詳細は掲載出来ませんが、ポイントを絞って網羅的且つ平易にご説明致します。

1.日米の課税所得の範囲
日本の課税所得
日本の居住者であった期間については国内源泉所得と国外源泉所得の何れにも課税されます。非居住者であった期間は国内源泉所得にのみ課税されます。これが原則です。但し租税条約にこれとは異なる規定が有る場合は、其方が優先します。なお給与所得については、OECDモデル条約で勤務が行われる国において課税される旨規定されています。因みに海外勤務中の給与の大部分が、子供の教育等の都合で日本の留守宅家族に支払われていたとしても、日本の国内源泉所得にはなりません。但し内国法人の役員に就いては、勤務地が海外でも従業員とは別の取扱いになります。
H23年~H26年は通年非居住者ですから、国内源泉不動産所得(自宅賃貸収入)だけが課税対象になります。これは簡単です。これに対しH22年とH27年は少し複雑です。H22年は、年初から9月までの国内源泉給与所得と、11月から年末までの国内源泉不動産所得が課税対象です。H27年は、4月から年末までの国内源泉給与所得並びに米国源泉不動産所得と、年初から11月までの国内源泉不動産所得が課税対象になります。
米国での課税所得
日本での課税所得の裏返しになります。例えばH27年ですと、年初から4月までの米国源泉給与所得並びに日本源泉不動産所得と、通年の米国源泉不動産所得が課税対象になります。

2.納税管理人の選任
非居住者に一定額以上の不動産所得が有る場合は、確定申告をする必要があります。該当すれば、申告書の提出や税務署からの書類の受領、納税や還付金の受取のために納税管理人を定めて、「所得税の納税管理人の届出書」を所轄税務署長に提出しなければなりません。

3.確定申告を要する年分
出国した年分
出国した年に給与以外の所得が無い場合は、出国までに会社が年末調整と同様に源泉所得税の精算を行いこれで完結します。給与以外に申告すべき所得が有る場合ですが、納税管理人の有無に応じて手続きが異なります。居る場合は、納税管理人が翌年2月16日~3月15日の間に確定申告を行います。居ない場合は、出国まで(出国前の所得しかない場合)、或いは翌年の確定申告期間中に(出国後も所得がある場合)、本人が確定申告をする必要があります。
(参考)出国とは物理的に日本を離れるイメージですが、所得税法では納税管理人の届出をせずに国内に住所及び居所を有しなくなることを言います。本稿では前者の意味合いで使用しています。
通年非居住者であった年分
非居住者が国外勤務で得た給与には日本の所得税が課税されません。これに対し不動産貸付収入等の申告すべき国内源泉所得が有る場合は、納税管理人を通じて確定申告をしなければなりません。
増額更正または還付請求の期間制限
国税の期間制限には、賦課権の除斥期間と徴収権及び還付請求権の消滅時効がありますが、何れも原則5年です。仮に平成22年分から平成28年分まで確定申告書の提出義務があったとしても、当局が平成22年と平成23年分の増額更正を行うことは出来ません。逆に確定申告をすれば過納税金の還付を受けられる場合が有ります。本事例では平成22年分と平成23年分の還付も受けられる筈でしたが、還付請求権が消滅していました。

4.非居住者に対する所得控除
所得控除には、社会保険料控除・医療費控除・生命保険料控除・配偶者控除など様々有りますが、このうち非居住者に適用されるのは雑損控除・寄付金控除・基礎控除の3つだけです。
配偶者控除など人的控除の判定時期はその年の12月31日とされていますが、出国年はどうなるでしょうか。この場合は出国時の現況で判断することになります。

5.家賃や礼金に対する源泉徴収所得税
非居住者又は外国法人に対して、国内に在る不動産の使用料の支払いをする者(法人に限る)は20.42%の税率で所得税・復興所得税を源泉徴収し納付する義務があります。年間3百万円の家賃であれば、源泉徴収税額は61.2万円になります。3百万円の家賃収入から減価償却費・金利・租税公課等の必要経費を差引き、更に基礎控除がありますので、通常は確定申告所得税額<源泉徴収所得税額になります。これが非居住者が確定申告をすれば税金が戻る所以です。

6.減価償却費の計算
これが最も厄介です。きちんと説明すると相当のボリュームになりますので、作業内容だけ掻い摘んで説明します。
日本に在る賃貸不動産
個人間の中古不動産売買では、一般に土地建物の一体取引が行われるので内訳が分りません。この場合は国税庁公表の”標準的な建築価額表”を用いて建物の新築価額を求め、次に”新築から購入までに減価した額”を計算して中古物件としての取得価額を求めます。残余が土地の取得価額になります。
本件の様に自宅(非業務用資産)として使用していた物件を賃貸に出した(業務用に転用)場合は、更に転用時の未償却残高と転用後の耐用年数及び償却率を計算する必要があります。失念し易いので留意が必要です。
仲介手数料や固定資産税精算金等の付随費用、建物改築費等の資本的支出の処理も間違え易いので注意しましょう。
米国に在る賃貸不動産
日米間の減価償却費計算は異なりますが、日本での国外源泉不動産所得の申告ですから、当然日本の税法基準に従って計算する必要があります。先ず土地建物の区分計算ですが、日本の標準的な建築価額を用いる訳には参りません。米国では購入時の固定資産税評価額の比率で按分することが多いので、これを準用します。
耐用年数と償却率ですが、米国は鉄筋・木造、新築・中古の区別なく一律に27.5年(国外賃貸住宅は40年)の定額法で計算します。日本は転用後の簡便法に拠る耐用年数で計算しますので、一般的にこれより短くなります。

7.外国税額控除
不動産所得については日米で二重課税が発生する可能性があります。この場合は居住国側の確定申告で、外国税額控除を選択し排除することができます。或いは、所得税や住民税と異なり経費算入が認められるので、必要経費を選択することも可能です。
注意すべきは適用年度です。外国税額控除は外国税が発生した年分に、外国税額控除限度額の範囲内で適用される制度です。米国の確定申告は翌年の3~4月ですから、これを待っていると両者が泣き別れになります。この不都合に関しては、2通りの対処方法が考えられます。先ず”3年の繰越控除限度額”を使う方法です。その年分の国税と地方税の控除限度額に余裕が有る場合は、次年度以降3年間繰越すことが出来ますので、これを使ってタイムラグを解消するやり方です。但し一定の申告書記載要件があるので、これを失念しないことが重要です。次に米国側のWithholding Tax(連邦税と州税の予納)で、外国税額控除の適用を受ける方法です。前者程には作業が難しくないため、個人的には此方をお薦めします。但し翌年以降の米国側申告により外国税額が確定(通常は減額)した時は、”外国税額が増減額した場合の調整”を行うことが必要になります。

8.住宅ローン控除
海外転勤などで住宅ローン控除が受けられなくなった場合でも、何れ帰任して再び居住の用に供することが確実な場合は”転任の命令等により居住しないこととなる旨の届出書”を出国までに提出します。そうすれば帰国後に残余の期間に就いて住宅ローン控除が受けられます。
但し、控除期間は延長されませんので、再適用が受けられるのは残存控除期間が有る場合に限られます。本事例では、帰国前年に10年の控除期間が徒過していますので再適用はありません。
(注)平成28年度税制改正で、居住者以外の個人についても住宅ローン控除が認められる様になりました。海外に単身赴任される方も一定の要件を満たせば適用されます。但し平成28年4月1日以降の取得等についての改正ですので、これより前のものは従前通り居住者である個人に限られます。

 
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