シンガポールの個人所得税/相続税(2021年版)ーどの様な節税効果があり富裕層が移住するのかー

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シンガポールへの移住による富裕層向け節税策が経済誌などで頻りに喧伝されています。内容の乏しいものも有り強ち鵜呑みには出来ませんので、シンガポール内国歳入庁(SIRS)のHP等を基に検証して見ました。

1.シンガポールの個人所得税と相続税
<個人所得税>
個人所得税に就いては、先ず課税対象所得の範囲と居住者・非居住者の判定区分を正確に理解することが必要です。
課税対象所得はシンガポール国内を源泉とする所得のみで、国外源泉所得はシンガポールに送金されるものであっても課税対象外になります。但しpartnershipを通じて受領する一定の所得に付いては課税対象です。一方、capital gainや金融機関からの利子、シンガポール法人からの配当は国内源泉所得であっても非課税所得になります。これ等の詳細は後述します。
(ⅰ)課税対象所得
① 雇用収入
給与・賞与・取締役報酬(シンガポールに拠点を置かない会社からの報酬を除く)・手数料・通勤手当や食費手当・家賃補助その他の現物給与
雇用主は従業員に所得証明書(Form IR8A)を発行し、従業員はこれを基に確定申告を行います。雇用主からSIRSへの電子申告(AIS)を利用しての直接報告も認められており、近年これが増加傾向にあります。
② 貿易・ビジネス・その他の職業収入
会計起業規制庁(ACRA)に登録されている個人事業者やpartnerは自営業者になります。貿易・ビジネス・その他の職業で生計を立てている者は、自営業者と見做されます。
全ての自営業者は調整後事業損益を計算して、FormB/B1に拠り確定申告を行わなければなりません。
③ 不動産または投資からの収入
配当/不動産や株式及び金融商品の譲渡による利益/利息/不動産賃貸収入
配当は一段階課税制度(one-tier system)への移行に拠り、シンガポール法人(協同組合を除く)からの配当には課税されません。海外法人からの配当は国外源泉所得ですから同様に非課税です。これに対し、協同組合からの配当・partnershipを通じて得た国外配当及びREITの分配金・REITを通じての貿易/ビジネス/その他職業収入分配金は課税所得になります。配当の支払者がSIRSに配当情報を提供している場合は確定申告の必要がありません。それ以外の場合は全て申告する必要があります。
不動産の売却による利益はcapital gainですから課税されません。但し営利目的で不動産を売買する場合や、ビジネスを行っていると見做される場合は「その他の収入」として申告しなければなりません。これは取引頻度や取得・売却の理由等に応じて判断されます。株式やその他の金融商品の売却による利益もcapital gainですから課税されません。保険金の受取も同様です。確定申告でこの種の利益を申告する必要はありません。
利息は承認された銀行及び認可された金融会社からの預金利息や債券利息であれば課税されません。但しparternershipを通じての債券利息や国外源泉利息については課税所得になります。未承認銀行や未認可金融会社からの預金利息や債券利息も課税対象です。また個人や企業への貸付金利息も課税対象になります。
不動産賃貸収入は>課税所得になります。賃貸損失は同一年の他の賃貸利益との通算が認められますが、その他の所得との損益通算や繰越控除は認められません。不動産賃貸損益は、家賃収入から住宅ローン金利・固定資産税・火災保険料・維持管理費などの実額を控除して求めますが、総家賃の15%相当額を見做し費用として計算することも可能です。この場合に住宅ローン金利があれば、見做し費用に加算します。賃貸収入が発生していない物件に係る費用は控除できません。
④その他の収入に係る留意点
定期的な年金収入は原則的に非課税となります。ビットコイン等の仮装通貨の売買による利益は、capital gainで有るか否かに由り取扱いが異なります。capital gainであれば課税所得にはなりませんが、取引として得られたものであれば課税所得になります。両者の判定は、取引の頻度・保有期間・資金の調達・取引目的や理由などの事実関係に応じて行われます。
(ⅱ)適用税率
シンガポール居住者に係る所得税率は累進課税方式で、S$20000以下の0%からS$320000超の22%迄の11段階の税率が適用されます。これに対し非居住者については、雇用所得が15%又は累進居住者税率の何れか高い方、取締役報酬・専門家収入・不動産賃貸収入・年金が22%、利息が15%、ロイヤリティが10%、その他の収入が累進居住者税率と、居住者とは異なる税率が適用されます。
(ⅲ)シンガポールの居住者・非居住者の判定
シンガポールの居住者とは、シンガポール国籍(若しくは永住権)を持ちシンガポールに居住する個人、又はこれ以外の者でシンガポール滞在が1歴(1/1~12/31)で183日以上の個人若しくは賦課年度を跨って連続183日以上滞在する個人を言います。
シンガポールの非居住者とは、外国籍の者でシンガポール滞在が61日以上183日未満の個人、及び外国籍の者でシンガポール滞在が60日以下の個人を言います。前者がシンガポール国内源泉所得に就き非居住者税率で課税されるのに対し、後者は免税となる点に大きな相違があります。
<相続税>
シンガポールには相続税及び贈与税に該当するものが有りません。かってシンガポール国籍を有する個人が死亡した場合には、5%又は10%の税率で相続税が課せられていましたが、2008年2月15日を以て廃止されています。

2.移住による節税効果
<個人所得税>
シンガポールの個人所得税率は限界税率が22%と日本の45%に比較して低く、かつ日本の住民税(均等税率10%)に相当する税がないことから税負担が軽くなります。また不動産や株式等のcapital gainは非課税です。
節税の為の移住が考えられる事例として、会社経営者・個人投資家・不動産や株式所有者のケースで、夫々どの様なメリットが得られるか考察して見ましょう。
シンガポールに拠点を持たない会社の経営者が受け取る取締役報酬に就いては、シンガポールに送金されたとしてもシンガポールでは課税されません。ところが会社が日本法人の場合は、勤務が国外で有ったとしても役員報酬は日本の国内源泉所得として源泉徴収されます。従って移住メリットはありません。その他の第三国に在る場合も、日本法人と同様の取扱いになるものと思われます。そうすると形式的に役員を退任するか(見做し役員認定あり)、会社ごとシンガポールに移転するかと言った大仰な話になります。
個人投資家に付いてはcapital gainとしてシンガポールでの課税が無く、且つ所得税法第164条に拠り日本での上場株式譲渡益課税もないため、税負担が格段に軽減されます。個人事業者についても大なり小なり移住メリットがあると思います。
日本に多額の不動産や有価証券の含み益をお持ちの方ですが、非居住者の不動産譲渡所得に付いては居住者と同様に分離課税が行われます。また有価証券については出国時に国外転出時課税制度が適用されるため、移住に拠る節税効果は殆ど見込めないと思います。余談ですがビットコイン等の仮装通貨の含み益は国外転出時課税制度の対象外です。本来仮装通貨の売却益は総合課税の雑所得として確定申告が必要ですが、取引の補足や取得費の算出が難しいため適正に課税の執行が行われているとは言い難い状況にあります。シンガポールではCapital gainとして非課税扱いなので、仮装通貨に換えて資産の持出しを目論む富裕層もいる様です。
<相続税>
相続税の節税をお考えの方は、少なくとも被相続人がシンガポールに移住すること及び相続財産を国外に移すことが必要です。
日本国籍から外れる訳には行かないでしょうから、非居住被相続人となる為には相続開始前10年以内に日本に住所がないことが条件になります。例え時間を掛けてクリアしたとしても、主要な相続財産が国内不動産や有価証券の場合は、前述の如き問題があります。将来相続人が処分する時に不可避の日本での所得税支払いと割り切って、現金等価物に換えシンガポールに持ち出すのも一案です。何れも20%の分離課税ですから、殊更に税負担が過重と言うことにはなりません。そうすればシンガポール及び日本での相続税負担が無くなります。

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