富裕層の資産運用や節税のための米国不動産投資が人気です。日本の居住者がアメリカに所在する不動産を賃貸若しくは譲渡をした場合は、日米両国に於いて申告納税義務が発生します。二重課税が生じると、日本の所得税申告で外国税額控除の適用を受けなければなりません。アメリカでの申告実務は米国公認会計士やEA(米国税理士)に依頼するとしても、二重課税を排除するためには非居住者の不動産投資に対する米国での課税の仕組みや日米租税条約の規定を一定程度は理解する必要があります。そこで米国内国歳入庁(IRS)のHPやJ.K.Lassers等の出版物、お客様の申告書(Form1040-NR)の事例・国税庁のHPや公表記事その他を基に、関連情報をupdateしましたのでご参照下さい。
1.米国での申告statusと課税所得の範囲
納税者は米国籍の有無に応じ,米国市民と外国人(Alien)とに分けられます。米国籍であれば海外に居住している者であっても米国市民になります。全世界所得が課税対象です。
外国人はグリーンカードテスト又は実質滞在テストにより、米国居住者と米国非居住者(Non-Resident Alien)とに区分されます。日本の居住者であっても米国永住権の所有者は米国居住者となり、課税対象は米国市民と同じく全世界所得です。これに該当する方の申告は、米国出国税問題その他でかなり面倒です。この結果日米で二重課税が発生しますが、海外勤労所得控除(2022年分 112千$)や外国税額控除に依り一定部分は排除できます。
米国非居住者は米国源泉所得のみが課税対象で、日本国籍で日本に居住している者(つまり殆んどの日本人)の申告statusは米国非居住者になります。夫婦共有の不動産に係る申告の場合、居住者であれば夫婦合算申告が選択できますが、非居住者に就いては夫婦別申告のみとなります。
一方州税ですが、永住権を居住者の絶対要件とする連邦税法の影響を受けることなく滞在日数基準により居住者・非居住者の判定を行います。永住権保持者が日本に住んでいる場合、州税法上は非居住者になりますので州の源泉所得がない限り納税申告義務は生じません。日本での所得も課税対象外として申告の必要がありません。
2.米国非居住者の課税対象所得と課税方法
課税対象となる米国源泉所得は、「米国ビジネスに関連する所得(USIEC所得)」と「固定的、期間対応する所得(FDAP所得)」に区分されます。
USIEC所得には、米国でのビジネスに関連する所得(事業所得・ビジネス目的の預金利息・ビジネス目的の株式配当)/米国での役務提供による所得(給与・COMM・役務提供後に受取る退職金及び年金)/全ての米国不動産の売却損益(REIT等の株式や事業供用資産の売却損益を含む)などが該当します。総合課税所得として所得税申告書(Form1040)により申告し、米国市民及び米国居住者と同じ累進税率が適用されます。米国不動産の賃貸所得は次のFDAP所得に該当しますが、USIEC所得を選択することも可能です。選択しない場合は、収入の30%の源泉徴収で課税関係が完結します。
FDAP所得は固定的・確定的な期間に対応する所得で、受取配当・受取利息・賃貸所得・ロイヤリティ・年金・social security benefit等が該当します。不動産以外のパテントや著作権等の売却損益もFDAP所得です。所得控除の適用は有りません。収入金額に対して30%の源泉徴収が行われ、課税関係が終了します。改正日米租税条約に別途定めがある場合は、その軽減税率を適用することが出来ます。因みに受取利息・ロイヤリティ・social security benefitは零%で、受取配当は10%です。源泉徴収の過誤納がある場合は、Form1040の提出により還付請求を行うことが出来ます。
3.米国非居住者のUSIEC所得に係る所得控除と適用税率
米国居住者は標準控除と個別控除(Itemized deduction)の何れか有利な方を選択できますが、米国非居住者には標準控除の適用がありません。個別控除のみで、かつ支払利子・医療費控除等が認められず、地方税控除・慈善寄付金控除・災害盗難控除・雑控除に限定されています。人的控除(exemptions)には、納税者(基礎)控除・配偶者控除・扶養控除が有りますが、2025年まで適用が停止されています。既婚の非居住者の場合は、申告STATUSで夫婦合算申告を選択する方が有利ですが、非居住者には認められていないため夫婦別申告とする他ありません。
USIEC所得に適用される累進税率ですが、米国居住者と同様に10%から限界税率37%(独身者は523.6千$超の部分、夫婦別申告者は314.15千$超の部分)迄の7段階刻みです。キャピタルゲインには、別途定める税率が適用されます。
4.不動産賃貸所得の計算
基本はFDAP所得なので、賃料支払いの際に収入の30%相当の源泉徴収が行われ課税関係が完結します。USIEC所得課税(ネットレント課税方式)を選択した場合は源泉徴収がありませんので、翌年4月乃至は6月に申告書を提出することが必要です。無申告で期限を1年4ヵ月過ぎると関連必要経費の控除が出来なくなります。連邦税と異なり州税の多くはネットレント課税方式のみを採用しています。
賃料及びロイヤルティ収入から、清掃及び維持管理費・保険料・マネジメント手数料・モーゲージ支払利息・修繕費・租税公課・減価償却費・その他の経費を差引いた金額が、不動産賃貸所得(ネットレント純利益)になります。建物の減価償却費は27.5年の定額法で計算します。鉄筋・木造・新築・中古の区別なく一律に適用されます。補助的計算明細書(Schedule E)を作成して申告書に添付します。
損失が発生した場合は受動的活動(Passive Activity)に因る損失になりますので、他の不動産賃貸所得や不動産売却益との相殺は可能ですが、事業所得や利息配当等との損益通算には制限が設けられています。25千$以内で、且つ所得制限や積極的賃貸関与の有無次第では制限を受けない場合もあります。損益通算が出来なかった損失は翌年以降への繰越控除が認められています。
5.不動産譲渡所得の計算
USIEC所得なので、キャピタル資産の譲渡若しくは事業用資産の譲渡の何れかに区分して譲渡損益を計算します。自己の居住用不動産はキャピタル資産、賃貸用不動産は事業用資産に該当します。事業用資産の譲渡ですが、短期保有の場合は通常の総合所得となり、長期保有の場合(SEC 1231資産)は長期キャピタルゲインとして取扱われます。譲渡価額から、売却物件の簿価(購入価額に購入手数料や改良費等を加算した金額)及び仲介手数料その他の譲渡費用を差引いた金額が譲渡損益になります。賃貸用不動産を譲渡した場合は、賃貸所得の計算上経費に算入した減価償却費累計額を簿価から控除しなければなりません。日本の譲渡所得計算では、自己使用期間と賃貸期間の何れに付いても減価償却費相当額を控除して取得費を求めますので、この辺りの違いを理解する必要があります。居住用不動産の譲渡にはキャピタルゲイン計算明細書(Schedule D)、事業用資産の譲渡にはF4797を申告書添付書類として用いるのが一般的です。
長期キャピタルゲインは申告分離課税なので、納税者のFiling Statusに応じて、通常税率37%が適用される課税所得は20%、22%以上35%以下が適用される部分は15%、12%以下が適用される部分は0%のキャピタルゲイン税率が適用されます。課税所得の範囲は物価変動に由り毎年変更されます。なお売却益のうち簿価から控除した減価償却費に対応する部分(un-recapture)には、25%の税率が適用されます。通常税率の限界税率がキャピタルゲイン税率よりも低い場合は低い方の税率が適用されます。
居住用不動産を譲渡した場合、最高25万ドル(夫婦合算申告50万ドル)の特別控除を受けることが出来ます。超過部分の長期キャピタルゲインには最高20%の税率が適用されます。居住用不動産の要件は、譲渡前5年以内に2年以上その不動産を所有し且つ主たる居住の用に供していたことです。2年間の居住要件を満たしていても、5年の内に賃貸や休暇目的使用など非適格期間がある場合は対応期間の非課税が認められません。居住用不動産の譲渡により損失が出た場合は、その他の所得と損益通算をすることが出来ず切捨てになります。
非居住者が米国内の不動産を譲渡した場合、売却収入の15%に相当する連邦所得税が売却代金から源泉徴収されます。この他に州税が源泉徴収されることもあります。売買価額が30万ドル以下で買手の購入目的が主たる住居であれば、連邦税源泉徴収の対象外になります。売買価額のバランス等で明らかに譲渡益が発生しない場合は、IRSから源泉徴収税の減免証明書(Withholding Certificate)を取り付けることで免除措置を受けることが出来ます。
6.米国地方税
個人所得税は連邦政府だけでなく、州政府及び一部の市政府若しくは郡政府により課税される場合があります。地方政府の多くは累進税率を採用していますが、単一税率の処もあります。一般に連邦税よりは税率が低く抑えられていますが、課税所得の範囲や居住者・非居住者の定義等がまちまちで全体を正確に把握するのは困難です。エリアの実務に精通した地元のCPAやEAの起用をお薦めします。費用は日本の税理士報酬並み若しくは少し高い程度です。
7.申告及び納付
米国非居住者はUSIEC所得がある場合、若しくはFDAP所得の源泉徴収税額に過不足がある場合は、非居住者所得税申告書を提出します。提出期限は、源泉徴収対象給与所得や事業所等を有する場合は翌年4月15日、それ以外は翌年6月15日です。申告期限までに納税をしなければなりません。期限後納付の場合は、不納付加算税と延滞税が課されます。
期限までに申告が出来ない場合は、申告期限延長申請書(Form4868)をIRSに申請することで10月15日までの延長が認められます。但し納税に関する延長では有りませんので,申告期限までに概算の所得税額を納める必要があります。
前年に一定金額以上の所得税納付があった場合は、居住者と同様に予定納税を求められることがあります。
*海外不動産の賃貸や譲渡に係る確定申告で、過年度の申告漏れがある方のご相談にも応じます。想定外に時間と手間が掛かりますので前広の対応をお勧めします。
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