税理士がお薦めできない7つの相続税対策:失敗には幾つかのパターンがあります

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先の税制改正で示された暦年課税贈与制度の見直し方針をきっかけに、経済雑誌等で相続税対策記事を目にする機会が多くなりました。職業柄Dマガジン等でざっと目を通しますが、見出しの割に目新しいものが少なく言い尽くされた内容が多い印象を受けます。問題含みの節税策には課税当局が大方規制を掛けて居りますので、已むを得ないことかも知れません。またメリットが強調される一方で適用条件等が詳しく説明されていないことも気になります。読者の常として面倒な個所は読み飛ばし短絡的に利点のみに眼が行き勝ちですので、自分の都合が好い様に解釈される懸念があります。天唾な物言いではありますが,小職が関与した出版物にもその様な傾向が有ることは強ち否定できません。
今回はこうした状況を踏まえて、逆説的に ”やってはいけない相続税対策” について要点を絞り解説します。

ⅰ)素人判断での間違えた相続税対策
ⅱ)過度な相続税対策と見做される賃貸不動産の取得
ⅲ)名義預金・名義株式や資産の海外移転等による相続財産隠し
ⅳ)法定相続割合や遺留分への配慮を欠く特定の相続人に偏った遺言
ⅴ)紛議が生じ易い第二次相続での遺産分割協議
ⅵ)老後資金に支障を来しかねない生前贈与
ⅶ)小規模宅地等の特例適用要件に合致させる為の作為的な行為

1.税理士等の専門家に拠るチエックを受けない素人判断での相続税対策
相続税対策の多くは、租税特別措置法や財産評価基本通達の優遇措置を応用したものです。相続発生後の遺族の生活安定のために設けられた制度ですので、当然適用条件は厳格です。特に前者に就いては我々専門家でも判断に迷うことがあります。
当事務所にも多くの相談や質問が寄せられますが、法律・税制の理解不足や自分に都合が良い解釈をされている方が少なくありません。素人判断で誤った相続税対策を施した後に申告業務を依頼されても、既に手遅れです。
2.相続税対策のみを目的とした賃貸不動産の取得
 相続税対策として賃貸不動産の取得による相続税評価額の引下げが広く行われています。これ自体は間違いではありませんが、次の様な経済的リスクを伴いますので得失を良く比較した上での対応が必要です。
イ.まず不動産賃貸事業がビジネスとして成り立つかどうかの見極めが重要です。一般に築後10年~15年を過ぎると、空室率・賃料値下げ・改修費用等の問題が生じ易くなります。
ロ.将来の売却を考えた場合に、賃貸物件は一般住宅に比べて売り難くなります。多少の相続税セーブが出来たとしても、肝心の不動産価値が下がるのでは本末転倒です
ハ.相続発生間際に駆け込みでアパートローンに拠り賃貸不動産(土地・建物)を取得し、相続財産の評価引き下げを図った事案について税務否認が相次いでいます。相続財産の評価額は財産評価基本通達に基づき計算しますが、同通達第6条に「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」との規定があります。これまでの処は巨額且つ悪質な事案に限定されていますが、根幹の議論は同じなので過度の相続税対策に就いては否認リスクが伴うことを認識する必要があります。
特に避けた方が良いのは次に該当する様な相続税対策です。
相続発生の蓋然性が高い時点で、相続税対策を目論んだと思われる借入金による賃貸不動産の取得が行なわれている
賃貸不動産の相続税評価額と鑑定評価額(実勢価額)との間に著しい乖離が有る
相続人等の行為により相続税の課税価格が極端に圧縮され、多額の相続税負担がなくなる結果、課税当局としても黙認できない
3.名義預金・名義株式や資産の海外移転等による相続財産隠し
預貯金の出し入れを任された子が、親の金を自分の口座に移すのは珍しいことではありません。他の相続人に無用の疑惑を抱かせぬ様、内容や顛末を記録に残しておく必要があります。
税務的には被相続人(親)名義の預貯金を相続発生前に相続人(子)名義に変えると、名義預金(親の相続財産)又は親から子への贈与として取扱われます。相続発生前の預貯金の移動は税務調査で厳格にチエックされますので、隠し通すのは困難です。
贈与契約書がなく贈与税申告書も提出していない場合に、子の預貯金だと主張すれば贈与税の申告漏れ(更正の期間制限6年又は7年)になります。親から預かったものだと主張すれば相続財産に加算されます。この場合の期間制限はありません。
海外の銀行預金口座や証券取引口座にある金融資産を申告しない方が居られますが、OECDのCRS(金融口座情報の共通報告基準)により国税当局は太宗を把握しています。因みに報告対象国である約100ヵ国の中に米国は含まれていません。
ビットコイン等の暗号資産については、決済法上「代価の弁済の為に不特定の者に対して使用することが出来る財産的価値」と規定されていますので、相続若しくは遺贈により取得した場合は課税対象財産になります。現実には被相続人の相続開始時点に於ける仮想通貨残高等を証明する統一的手続が整備されて居らず、当局としても正確に補足するのが難しい状況ですが、さりとて相続税対策に利用するのはお止めになった方が宜しいと思います。
国外不動産の非違件数は海外資産申告漏れの3%に止まります。情報交換等で海外不動産の把握をすることは困難と思いますが、故意の隠匿が露見した場合は重加算税など厳しい罰則が適用されます。海外資産が一定額を超える場合には国外財産調書の提出が義務付けられており、悪質な報告漏れには刑事罰が適用されることがあります。この他にも高額所得者や合計財産額が3億円以上の富裕層には財産債務調書の提出義務があり、これ等を基に海外資産に係る相続税の非違をチエックしています。
4.法定相続割合や遺留分への配慮を欠く特定の相続人に偏った遺言
主要な相続財産が自宅不動産しかない場合に、遺言で同居する長男に相続させることが少なくありません。この場合は3つの資金問題の発生が考えられます。1つは他の兄弟からの遺留分減殺請求です。遺留分支払いは現金払いが原則です。資金調達の目途が立たぬため、已む無く相続した自宅を売却するケースも有るでしょう。そうすると長男に想定外の譲渡所得税負担が生じます。これが2つ目の資金問題です。3つ目は相続税支払いです。自宅を相続した長男は当然のことながら他の兄弟に比し多額の相続税を支払う義務が有ります。居住用小規模宅地等の特例適用を受ける場合は、他の相続人から税負担軽減メリット相当の調整を要求されるかも知れません。この為の対策ですが、被相続人が被保険者且つ保険料負担者で長男を保険金受取人とする生命保険契約が有用です。非課税財産規定が適用されるほか、遺産分割協議や遺留分計算の対象から外れます。
相続人間の公平性に配慮を欠いた遺言は兄弟に不仲を齎す原因になり兼ねません。遺言が元で人間関係が拗れるのでは本末転倒です。相続人等の全員が合意すれば遺言内容と異なる分割協議が可能ですので、この検討も一案かと思います。
高齢や認知症が疑われる親に、自分に有利な遺言書を書かせる相続人も稀には居られる様です。小職も実際に関与させられたことがあります。遺言の無効が提起される可能性がありますが、それ以前に人として如何なものかと思います。厳に慎むべきでしょう。
5.紛議が生じ易い第二次相続での遺産分割協議
当事務所は第一次相続では配偶者が全ての財産と債務を取得することをお薦めしています。被相続人亡き後の配偶者の老後資金と、第一次相続での税負担を考えればこうなります。殆どの相続はこれで良いと思いますが、老後資金など考える必要がない富裕層の相続となれば話は別です。複数のシミュレーションを作成して第二次相続との一気通貫で税負担が少ない分割案を考えます。現預金の相続と上場株式や不動産の相続とでは、将来の譲渡所得税負担を加味したネット資産価値が異なりますので、これも考慮する必要があります。
第二次相続では親への気兼ねがなくなり、相続人間の利害得失が表面化します。遺言書を書く方の割合は1割程度と多くありませんが、第二次相続では遺言書の作成をお薦めします。相続人間の公平性を保ち、遺留分にも留意しつつ、付言事項で親の思いを伝えれば無用の争いが避けられるかも知れません。
6.老後資金に支障を来しかねない生前贈与
生前贈与は老後資金に不安がない富裕層に限定した話と考えます。相続税対策記事に踊らされ、身の丈を超えた生前贈与を行ってはなりません。子供にとって金のない老親は負担でしかなく、これが現実と認識する必要があります。
租税特別措置法に定める贈与税の非課税措置には、住宅取得等資金の贈与・教育資金の一括贈与・結婚や子育て資金の一括贈与があります。子世帯の夫の親がこれ等の贈与をしたので、一方の親も娘の肩身が狭くならぬ様に無理をして同額の贈与をする。絶対にお止めになった方が良いと思います。相手方の懐事情は大凡お判りでしょうから、節税策であっても実家同士の見栄の張り合いになる様な子世帯への贈与は控えるべきと思料します。
双方の親が別途にこれ等の贈与を行ったとしても受贈者側の非課税限度額が増える訳ではありません、この点も考慮した方が良さそうです。
7.小規模宅地等の特例適用要件に合致させる為の作為的な行為
相続税対策で最も効果が大きいのは言うまでもなく小規模宅地等の特例適用です。中でも特定居住用宅地等(80%評価減)と貸付事業用宅地等(50%評価減)が大半を占めます。
特定居住用宅地等に就いては、対象となる宅地等と取得する親族の範囲が限定されて居り、これを掻い潜るための租税回避行為に対しては、数次の改正で厳しい規制措置が講じられています。こうした中でも目立つのが「生計を一にする親族」の擬態行為です。非同居親族が相続発生を予見して短期間に公共料金や生計費の負担を取り繕っても、当局に生計同一の主張を認めさせるのは難しい様です。基本は同一家屋内で起居を共にしていた常態があったかどうかに依ります。
貸付事業用宅地等については、相続開始前3年以内に貸付事業の用に供されたものは特例対象から除外されます。従って駆け込み取得した2の賃貸不動産の多くは特例対象外になります。但し相続開始前3年を超えて事業的規模(5棟10室基準)で貸付事業を営んでいる被相続人については、この限りではありません。
特例対象の如何に拘わらず、貸付事業用宅地については貸家建付地として評価減(通常21%)が認められます。但し相続発生の前後1か月程度が空室であった場合は、自用地となり評価減が認められません。これに関しては「程度」と言う曖昧な表現のため議論になりがちですが、テナント募集等の事実及び実際の空室期間に応じて個々に判断されます。
 
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