取得費が分からない不動産譲渡所得の確定申告に不可欠な調査と資料収集

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相続で実家を取得したが、住む積りがないので出来れば早期・有利に売却したいと言う方が少なくありません。今後益々増えると思います。ところが、譲渡所得の確定申告に必要な取得費が分からないケースがあります。税務署に問い合わせても、売値の5%で申告(概算取得費控除)して下さいと言う回答しか返ってこないと思います。
私共の事務所にもHPを見てご相談に来られるお客様が大勢居られます。ところが子細に検討すると、3割強は概算取得費控除でも止むを得ないとの結論になります。何故でしょうか?申告準備を3つのプロセスに分けて、推計取得費の計算で何が面倒なのか、税務調査等でどの様なリスクが有るのかをご説明します。
(本題に入る前に、税法のルールがどうなっているかの正確な理解が必要です。別稿「取得費が分からない不動産を売却して何も対策を講じないと殆んど譲渡利益にされてしまいます」をご参照下さい)

1.取得原因や取得時期、取引相手方などの確認
 当該不動産の全部事項証明書を入手したとします。ところが現在有効な所有権の取得原因や取得時期が記載されているだけなので、相続・贈与・交換に拠る取得ですとこれ以前の情報がありません。その場合は電算化以前の登記簿謄本を調べることになりますが、例えば売買相手名等の記載がないことも多く、必要な情報が全て得られるとは限りません。
特に厄介なのが自然発生の借地権で、旧借地借家法に拠り地主と底地権を交換して所有権を取得した事例では、登記簿謄本を見ても借地権の発生経緯が分からないことが珍しくありません。

2.契約書以外の手段による実際取得費の調査
 不動産の譲渡所得は実際取得費に拠ることが原則です。取得費が分からなければ、税理士に推計取得費を計算して貰い申告すれば済む話と安易にお考えの方が居られる様ですが、大変な誤解です。当局は国税調査権に基づく必要情報の収集が可能で、加えて過年度申告に係る内部資料を持っていますので、存外に実際取得費を把握している可能性があります。これを持ち出されると推計取得費では到底太刀打ち出来ません。
特に注意を要するのが、被相続人が事業用資産や特定居住用財産の買換え特例の適用を受けている場合です。建物の取得費から繰延利益の圧縮額を控除する必要が有りますが、この辺りの内部資料を国税側はしっかりと掴んでいます。この調整を失念すると否認の原因になります。
個人情報保護の関連で、税理士による調査には限界があります。私共の事務所では、不測のリスクを避けるため業務を受託する場合には、以下の項目に関し書面によるご説明やご確認をお客様にお願いしています。
①紛失理由
②被相続人等による購入時の状況、不動産の買換えの有無
③物件の売主への問い合わせ:売主側に売買契約書、譲渡所得の確定申告書等が残っていれば取引価額が分かります。
④物件を仲介した不動産業者への照会:仲介手数料は取引価額を基に計算されるので書類が保存されていれば分かります。
⑤ローンを利用していた場合は金融機関への照会:稟議書に契約書が添付されている可能性があります。通常、融資金額は取引価額の内数で等額にはなりません。

3.公的な地価情報等に基づく取得費の推計
 これは難易度が高く、余程計算ロジックがしっかりしていないと当局との議論に耐えられません。市街地価格指数の変動率だけで売値から単純に逆算するのは些か安易に過ぎます。また公的な地価情報には夫々特性がありますので、この辺りを良く理解せず見様見真似で計算すると、的外れな申告をすることになりかねません。
①建物価額と土地価額の区分計算:個人間取引では通常両者が区分されていません。固定資産税評価額による按分や国税庁標準建築価額表を用いて当初の建物取得価額を求め、これを減価償却して建物取得費を算出、残余を土地取得費とするのが一般的ですが、計算が複雑です。
市街地価格指数:例えば都区内の物件であれば「東京区部市街地価格指数(住宅地)」により地価変動率を求めることが可能です。ところが昭和60年までのデーターしかありません。(六大都市市街地価格指数であれば昭和30年までのデーターがあります)
欠点としては対象地域の括りが広過ぎることにあり、都心湾岸部の様に近時地価が高騰したエリアでは、全体平均で計算すると実態と乖離した結果になる懸念があります。
ご参考:日本税理士会発行の税理士界平成30年9月号に掲載された関連記事要旨

「東京都区部では、市街地価格指数に依り求めた価格と実際取得費を比較すると多くのケースで前者が後者を上回っている。特に高額物件にこの傾向が強い。これは地域性や個別性が取引価額に与える影響が大きいにも拘らず、市街地価格指数を指標として単純に積算していることが原因と推測される。推計取得費を求める場合には、市街地価格指数をその儘採用すると妥当性を欠くケースがあるため、個別性を反映させる一定の補修性が必要であろう。」

③地価公示価格:選定された標準地の数が少ないため、比準できる近傍類地が見つからない場合があります。過去の変動率を調べる場合も、標準地の入替があると時系列的な比較ができません。昭和45年以降のデーターがあります。
④相続税路線価:個別物件の地価情報としては,メッシュが細かく有用な情報と言えます。昭和28年以降のデーターが残されています。国立国会図書館で閲覧可能とネット情報にありますが、実際に調べるとなればかなり厄介です。ハードコピーの地図ではなく、パッチワーク的に裁断されたマイクロフィルムに収蔵さているためで、モニターでの検索には時間が掛かります。特に町名変更や再開発が行われていると、余程地理感がない限り探すのは困難だと思います。
⑤権利関係が複雑な不動産や高額取引の場合は、別途に報酬が発生しますが不動産鑑定評価の取り付けをお勧めしています。
⑥昭和30年代前半までに取得した土地であれば、態々推計計算を行うメリットはなく、概算取得費控除で十分だと思います。

 
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