相続等で親から継承した取得費不明の土地や上場株式の譲渡に係る確定申告は納税者のみならず税理士にとっても厄介です。5%の概算取得費控除を使うのは論外ですが(強制適用される場合もあります)、さりとて曖昧な推計取得費で申告して否認されるリスクも否定できません。これに関連する国税不服審判所の重要な裁決が公表されています。今後の指針となるべき内容が含まれていますのでご紹介します。
1.取得費不明の土地譲渡に係る国税不服審判所の裁決事例(平成30年7月)
(1)事案の概要
請求人は相続により取得した土地譲渡につき、取得費不明のため概算取得費控除を使って確定申告を行った。この後に、取得費は六大都市を除く市街地価格指数を基に算出すべきであったとして更正の請求を行ったが、税務署長より更正をすべき理由がないとして退けられた。
(2)不服審判所の裁決要旨
以下の理由により市街地価格指数の採用は出来ない。
①市街地価格指数は、全国主要都市内で選定した標準的な土地について、不動産鑑定評価の手法に基づき更地としての評価を行い指数化したものである。市街地の宅地価格の推移を現す指標としての性格を有するものの、個別の宅地価格の変動状況を直接示すものではない。
②六大都市を除く市街地価格指数については、県庁所在都市等以外の調査対象都市は公表されていないところ、本事案の土地は県庁所在都市以外の都市に所在しているため調査対象都市か否かを確認しえない。従って請求人が用いた六大都市を除く市街地価格指数が、本件土地の市場価格の推移を反映したものであると言うことはできない。
③六大都市を除く市街地価格指数を基に算出した請求人主張額は、被相続人が本件土地を取得した当時の本件土地の市場価格を適正に反映したものと言うことはできない。
2.取得費不明の上場株式譲渡に係る国税不服審判所の裁決事例(令和元年11月)
(1)事案の概要
請求人は母からの相続で複数銘柄の上場株式を取得した。これを自身の一般口座や特定口座に移管した後に売却したが、これについての申告は行わなかった。後に修正申告を行ったが、実際取得価額が分らなかったため名義書き換え日の終値を基に所得金額(譲渡損失)を計算し、申告漏れの上場株式配当と損益通算した。これに対し原処分庁は、譲渡損失及び配当金額を修正申告で計上することは認められないとして否認した。また更正処分に当っては、措置法第39条(相続財産に係る譲渡所得の特例)に拠り取得費に加算する相続税額は概算取得費を用いて計算した。
(注)本稿は取得費不明の資産譲渡に係る取得費を考察するものなので、修正申告での譲渡損失と配当所得との損益通算の可否についての議論は割愛します。
(2)原処分庁の主張
原処分に係る当局の調査で取得費が判明したのは極く一部で、大部分は判明しなかった。この様な状況で概算取得費を用いて計算しても必ずしも納税者に不利な取り扱いとはならない。
(3)請求人の主張
実際取得価額を示す直接的証拠資料はないが、この様な場合は名義書換時期の相場を基に取得価額を算定すべきである。原処分庁は調査に全力を尽くしたとは言えず、立証責任を果たしていない。従って概算取得費を用いて更正すべきではない。
(4)裁決
概算所得費控除の規定は、納税者が収入金額から控除する取得費として概算取得費により計算しているときは、これを認めて差支えない旨を定めているものである。原処分庁が課税処分を行うに当たって、請求人に対する調査を含め出来る限りを尽くしても取得時期や取得価額が分らない場合及び概算取得費を用いることが納税者の利益になると認められる場合には、概算取得費を用いることが相応である。
本件判明分株式の取得費については、名義書換日及びその時期の相場を確認することで取得価額を算定することが可能であったことから、原処分庁の主張には理由がないので原処分の一部を取り消す。
3.今後納税者が取るべき方策
上記の裁決は、①調査を尽くしても実際取得費が不明の場合に ②実際取得費よりも概算取得費が納税者に有利であれば概算取得費を用いることができる旨を明らかにしたものです。納税者にとって朗報に思えますが、よく検討すると実は重要な問題を提起しています。
裁決内容を自分勝手に解釈して申告した場合、税務署が黙って見過ごす筈がありません。取得費不明の土地譲渡の申告で、随分昔の市街地価格指数を用いて取得費を計算したケースを想定して見ます。因みに昭和60年より前は地域別の市街地価格指数が公表されていません。已む無く大括り過ぎると思いつつも、全国市街地価格指数や六大都市市街地価格指数を基に計算すると、1の裁決事例の理由等で否認される憂き目に遭います。大分前に市街地価格指数を使った土地取得費の計算に関連した裁決事例があり、請求者主張の一部が認められたため、市街地価格指数に基づく単純な取得費推計が普遍的に可能と誤解されている方が多い様です。偶々ストライクゾーンに収まっていれば良いのですが、見当外れの金額ですと税務署は見逃しません。国側は地価に関する膨大なデータ-を蓄積していますので、個人納税者が生半可な知識や情報でこれを論破するのは容易ではありません。
概算取得費による更正が認められない以上、国側としても土地取得費推計の為に相応の理論武装をしてくることが予想されます。今回の裁決で寝た子を起こして仕舞ったのではないかと危惧しています。
*裁決事例の事実関係については、東京税理士会発行の機関紙「東京税理士界会」記事の一部を参照しています。
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