配偶者居住権制度を利用した複雑だが合法的な相続税対策のご相談

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75歳の自営業者です。主な財産は都内の戸建て住宅(相続税評価額は建物1千万円・宅地1億円)と金融資産等が8千万円です。相続人は73歳の妻と既婚の娘の二人です。将来私に第一次相続が発生した場合、全ての財産を妻に相続させれば小規模宅地等の特例と配偶者の相続税額軽減措置に拠り相続税の支払いがないので、基本はその様に考えて居ります。然しながら妻も親からの相続で相応の財産を所有しているため、何も対策を講じないと第二次相続での娘の相続税負担はかなり重くなると思います。なお娘は夫所有のマンションに住んで居り、居住用小規模宅地等の特例の適用が受けられません。ところで令和2年4月から配偶者居住権制度がスタートしました。一定の条件に合致すれば有用な相続税対策になると喧伝されていますが、私共のケースでも応用可能でしょうか。残念ながら私には制度が複雑で良く理解できませんので、お手数ですがご支援をお願い出来ないでしょうか?

 

この処、相続直前の借入金による不動産取得やタワーマンション節税などの相続税対策に綻びが見え始めています。今回は配偶者居住権を使った相続税対策のご相談ですが、前述の如き税逃れの意図が見え見えの古典的手法とは本質的に異なる良い着眼だと思います。理解を容易ならしめるため、現状の儘で第一次相続が発生しその3年後に第二次相続が発生するものと仮定します。貴方は遺言書を作成し、奥様に配偶者居住権(及び配偶者敷地利用権)と金融資産等の全てを遺贈し、娘さんには建物所有権(及び敷地所有権)を遺贈します。建物は木造で築10年の物件と仮定します。この場合の第一次相続での相続税支払いですが、奥様がゼロ、娘さんが10676千円になります。次に第二次相続での娘さんの相続税支払いは6800千円になります。これに対し従来のプラン通り第一次相続で全ての相続財産の所有権を奥様が取得した場合ですが、奥様の第一次相続での相続税支払いはゼロ、第二次相続での娘さんの相続税支払いは59000千円になります。
明らかに配偶者居住権制度を利用した方がトータルの税負担は軽減されますが、不確定要因もあります。例えばご主人より先に奥様が亡くなられた場合は、民法994条の規定で遺贈はその効力を生じません。遺言書の中の受遺者が受けるべき遺贈の部分が無効になる可能性があります。尤もこの様な不都合が生じる蓋然性は低いと思いますので、この辺りのアドバイスも含めてご支援させて頂きます。

1.検討に必要な配偶者居住権に関する知識
ⅰ)配偶者居住権の成立要件
①被相続人の配偶者が相続開始のときに被相続人の財産に帰属する建物に居住していたこと。
被相続人が単独所有する建物に限られますので、配偶者以外の第三者との共有物件は対象外(注:土地に付いては共有も可)です。配偶者は被相続人と法律上の婚姻関係に有らねばならず、内縁関係者や同性パートナーは含まれません。居住の用に供している家屋とは、被相続人の死亡時に配偶者が生活の拠点として利用しているものを言います。従って配偶者が病気入院の場合や老人ホーム等に入所している場合は判断が微妙です。前者は一時的離反で医療加護が終われば自宅に帰るため居住の用に該当すると解されますが、後者は生活の本拠が施設に移るため該当しないとの考え方が通説です。配偶者が建物の一部を使用していた場合であっても、建物全体に配偶者居住権の効力が及びます。
②配偶者居住権が認められるのは、遺産分割によって配偶者が配偶者居住権を取得するとき又は配偶者居住権が遺贈の目的とされたときだけです。後者については特別受益額に該当しますが、婚姻期間が20年以上あれば、被相続人の持戻免除の意思表示があったものと推定されます。従って遺産分割の対象になりません。
③配偶者居住権を第三者に対抗するには登記が必要ですので、配偶者は建物所有権者に対して配偶者居住権の設定登記の請求を行います。
ⅱ)配偶者居住権の権利と義務
①配偶者が配偶者居住権を取得しても所有権自体を取得したわけではないので、通常の借家人と同様に用法遵守義務・善管注意義務・原状回復義務を負います。配偶者居住権の譲渡及び無断で第三者に使用収益させることはできません。裏返して言えば、所有者の同意を得れば第三者に賃貸することが可能です。これに係る賃貸収入は全額配偶者に帰属します(民法1032③)。無断増改築は禁止され、自宅の修繕が必要な場合は配偶者が修繕義務を負い、建物に係る通常の必要費(維持管理費・固定資産税など)を負担する必要があります。配偶者がこれらの義務に違反した場合は、所有者が相当な期間を定めてその是正の催告を行い、これに応じない場合は配偶者居住権の消滅請求を行うことができます。
②配偶者は配偶者居住権の存続期間中に、当該権利の放棄や建物所有者との合意に基づく権利の解除が可能で、建物所有者から放棄等の対価を得ることが出来ます。
ⅲ)配偶者居住権の消滅
存続期間の満了や配偶者の死亡、居住建物の全部消失などにより配偶者居住権が消滅します。配偶者が合意解除または権利放棄した場合も同様です。

2.なぜ配偶者居住権の利用により相続税額が軽減できるのか
イ.配偶者居住権が設定された場合、第一次相続では建物を配偶者居住権と建物所有権に分けて評価額を計算します。両者の合計額は設定されていない場合の建物全体の評価額になります。土地は配偶者敷地利用権と敷地所有権に分けて評価額を計算します。両者の合計額は、設定されていない場合の敷地全体の評価額と等額です。敷地は小規模宅地等の特例の対象になります。設例では奥様が取得する敷地利用権には特例の適用があり、娘さんが取得する敷地所有権には適用がありません。そうすると第一次相続では配偶者居住権を設定する税務メリットがなく、むしろ小規模宅地等の特例や配偶者税額軽減の適用額が減るので不利になります。
ロ.奥様に第二次相続が発生して配偶者居住権(及びその敷地利用権)が消滅すると、配偶者居住権の目的となっている建物とその敷地の用に供される土地等の所有者に経済的メリットが生じますが、相続税や贈与税の課税は生じないこととされています(相続税基本通達9-13の2注記書き)。
第一次相続で取得した建物所有権と敷地所有権については既に課税関係が完結していますので、娘さんに第二次相続での相続税負担はありません。これが配偶者居住権制度を利用した節税策の要諦です。
3.配偶者居住権の利用による相続税対策のリスク
ⅰ)配偶者居住権が存続期間の満了前に消滅すると贈与税や所得税の課税関係が生じる
①建物所有者による配偶者居住権の消滅請求、配偶者による配偶者居住権の放棄、合意解除により配偶者居住権(及びその敷地利用権)が存続期間の満了前に消滅した場合には、課税関係が生じます。建物等の所有者から配偶者に対価の支払がない場合又は支払われる対価の額が著しく低い場合は、建物所有者に贈与税が課されます。
②配偶者居住権及び配偶者敷地利用権の消滅により、居住建物等の所有者から配偶者に相当の対価の支払がある場合は、総合課税の対象となる譲渡所得として所得税課税の対象になります。この場合において短期譲渡・長期譲渡の判定は配偶者居住権設定時の被相続人の取得日を引き継ぎます。また3千万円控除の適用はありません。
ⅱ)配偶者居住権が設定されている物件の売却や賃貸は難しい
①配偶者が自力での生活が難しくなり老人ホームへの入所を希望したとします。一時金の調達のため配偶者居住権の売却を希望しても制度上で禁止されています。配偶者居住権の放棄や建物所有者との合意による権利解除を行い、見返りに建物所有者から相当の対価を受けることは可能です。老人ホームへの入所中に第三者へ賃貸することは原則認められませんが、建物所有者の同意を得た場合は可能です。
②建物所有者が配偶者居住権が設定された建物・土地を第三者に売却することは制度上認められています。尤も、現実には取引として成立しそうにありません。この場合は配偶者と協議のうえ、有償で配偶者居住権を解除して貰い、然る後に第三者へ売却する方法が考えられます。
 
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