ところが本物件の取得には、「事業用資産の買換え特例制度」を適用した可能性があります。そうなると話は別です。特例制度の適用により買替資産の取得価額を幾ら圧縮したか分らなければ、正しい譲渡所得(取得費)の計算はできません。推計取得費で申告すると、過去の申告資料を持出されて否認を受けることになります。存外に税務署側は、被相続人に属する過去の買換え特例に関する情報(買換え特例の適用を受けた資産の取得価額引継ぎ整理票)を把握している様なので注意が必要です 。本件申告では所轄税務署に事情を説明し、買替資産たる建物の圧縮後取得価額を教えて貰い、土地については特例の適用を受けて居らず坪155万円は当時の取引価額として概ね妥当であるとの確認を得た上で確定申告を行いました。この結果、納付すべき税金(所得税等・住民税)は11百万円と、概算取得費控除に拠る申告の場合の半分弱に納めることが出来ました。
居住者が相続(限定承認に係るものを除く)により取得した資産を譲渡した場合には、譲渡所得の計算上その者が引続きその資産を所有していたものと見做されます。これが被相続人の取得時期や取得価額を引き継ぐ根拠です(所法第60条)。
ところが、当該資産につき「特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の買換え特例」の適用を受けている場合は、その買換資産の取得価額から一定額(繰延べ課税所得相当額)を控除しなければならないとの規定があります(措置法第37条の3)。
事業用資産の買換え特例とは、例えば事業用の土地や建物を譲渡し、一定期間内に他の事業用土地や建物に買換えた場合は、譲渡所得のうち買換え資産に対応する部分の80%を課税繰延べできる制度です。平成27年の税制改正で土地への買換えには、用途や面積制限が設けられましたが、昭和60年当時はその様な制約が有りません。折しも不動産バブルで、短期間の転売により信じられない程の利益が上がった時代です。この税負担を軽減するため特例制度を利用したものですが、申告内容が不明です。これでは幾ら精緻に推計取得費を計算しても、正しい譲渡所得の計算はできません。そもそも買換え特例の適用を受けた事案には、推計取得費計算が馴染まないのです。これは、事業用資産の買換え特例のみならず、特定居住用財産の買換え特例にも言えます。
ではどうすれば良いのでしょうか?被相続人が特例を適用した年分の確定申告書の閲覧請求をするしかありません。ところがこれも簡単では有りません。税務署が保管する被相続人の申告書等の閲覧は、相続人(税理士や弁護士である代理人を含む)に限られ、且つ共同相続人全員が押印(実印)した委任状と印鑑証明書が必要だからです。ご相談者のケースでは、相続を契機に他の共同相続人と疎遠になっており、とても頼めない状況でした。こうなると手の打ち様がありません。
今回は偶々所轄税務署の担当官が必要データーを教えて呉れたので助かりましたが一般には推計取得費に拠る申告が難しい事例が少なくないと言うことです。
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