父親の死亡で母親と複数の子供が相続人になる場合、分割協議に起因する争族の話は殆ど耳にしません。全部或いは過半を母親が相続すれば済む話だからです。ところが母親が亡くなり二次相続が発生すると事情が一変します、特に預貯金が少なく主要な相続財産が実家しかない場合で、長男が同居していると面倒です。長男は当然に実家の取得を主張するでしょう。他の兄弟が納得する筈もなく、法定相続分を主張して譲りません。こうなると家裁に調停の申立てをする他ありませんが、長男の主張が其の侭認められることは先ず考えられません。長男は代償分割か、換価分割をする他に手立てがなくなります。代償分割をすると、長男に想定外の現金化に要する諸経費や所得税の負担が発生します。この辺りの詳細は、弊別稿「遺産分割協議では先ず預貯金を貰うこと、不動産は処分リスクや税負担等を考えると不利になる場合があります」で解説していますのでご参照下さい。一方換価分割ですが、諸経費や所得税の発生は同じでも、共同相続人が応分に負担するため長男の負担のみ過重になる不合理は生じません。但し、長男が希望通り実家に住み続けることは出来なくなります。
1.小規模宅地等の特例の適用との兼ね合い
相続人の誰が実家の不動産を相続するかの決定には、居住用小規模宅地等の特例適用の検討が不可欠です。
適用が受けられる相続人は、①同居親族(二世帯住宅を含む)、②一定の条件に合致する家なき子、③生計同一親族、の何れかに限られますので、これに該当する者が単独取得または共有取得します。小規模宅地等の特例の適用があれば、相続税の総額が少なくなりますので相続人の全員にメリットがあります。
2.現物分割・代償分割・換価分割の態様と税務上の取扱い
(1)現物分割
遺産分割の態様には、現物分割・代償分割・換価分割の3通りがあります。現物分割は遺産分割の基本形で、相続分の調整も容易ですが、設例のケースでは不動産の共有登記にせざるを得ません。そうすると、後々の維持・管理や、賃貸・売却で利害が相反しトラブルの原因になります。一般には避けた方が無難です。
(2)代償分割
代償分割とは、”遺産の全部又は一部を現物で共同相続人の1人又は複数人に取得させ、その代わりに他の共同相続人に対して債務を負担させる分割方法” を言います。一時に纏まった代償金支払いが困難な場合は、相続人間の合意で賦払いに拠ることも可の言うです。他の共同相続人への債務支払いは、金銭又は物(相続財産又は自己所有財産)に拠りますが、次の様な問題が生じることがあります。
イ.代償分割を行った場合の相続税の課税価格
代償財産を交付した者 :相続により取得した財産の価額ー交付した代償財産の価額
代償財産を交付された者:相続により取得した財産の価額ー交付を受けた代償財産の価額
代償財産の価額は、相続税評価額に拠ることとされています。金銭は評価額=時価ですが、宅地の評価額は時価と大きな乖離があるため、上記計算式では金銭を交付した者が得をし交付を受けた者が損をします。極端なケースでは、代償財産を交付をした者の取得財産価額がマイナスになることがあります。マイナスはゼロで計算されるため、その分取得価額の合計額が増える結果となり無用の税負担が生じます。そこで、共同相続人全員の協議に基づき代償財産の評価額と時価との乖離を調整(相・基本通達11の2-10)すれば、その計算も認められることになっています。これが所謂代償金の圧縮制度です。紙面の都合により計算式は省略します。
ロ.>自己所有財産の処分代金で代償債務を支払った場合の譲渡所得課税
代償財産が土地・家屋・上場株式等の相続人固有の資産である場合は、その履行をした時に時価相当で譲渡を行ったものと見做して譲渡所得課税が行われます。
(3)換価分割
換価分割とは、”共同相続した遺産を直接分割の対象とせず、未分割の状態で換価し対価として得られる金銭を共同相続人間で分割する方法” を言います。言い換えれば、共同相続人全員で未分割財産を譲渡し、譲渡代金を相続人で分配する方法ですが相続人間の基本方針が一致していることが必要です。換価代金は法定相続割合で分配する方法と、相続人間で任意に定めた割合により分配する方法の2通りがあります。
イ.法定相続割合で分配する場合
相続財産は相続人全員の共有財産ですので、不動産を対象にする場合は一旦相続共有登記を行う必要があります。この際に遺産分割協議書は不要です。
各相続人の相続財産の課税価格ですが、譲渡代金ではなく財産評価基本通達による評価額を法定相続割合で按分した金額になります。一方譲渡所得税ですが、全体の譲渡価額・取得費・譲渡経費に法定相続割合を乗じて各相続人の課税価格を求めます。相続人が被相続人と一緒に居住していた場合には、3千万円特別控除が受けられます。この他、相続税の取得費加算の特例も適用されます。これ等は以下ロでも同じです。
ロ.任意の割合で分配する場合
イと異なり、分配割合を明記した遺産分割協議書を添付して相続登記を行います。遺産分割協議書に定めた分割割合と異なる割合で売却代金を分配すると贈与税の問題が生じます。但し、共同相続人の1人の名義で相続登記がされても、単に換価の便宜のためであり、実際の分配が遺産分割協議書の通り行われていれば、贈与税の問題は生じません。
相続税の課税価格と譲渡所得税については、イの法定相続割合を任意に定めた割合と置き換えて読んで下さい。
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