■ 裏磐梯から会津西街道への旅

Print Friendly, PDF & Email

昨年10月の東南アジアへの船旅を最後に、長らく不本意な巣籠が続いている。ゴルフは1年近くクラブさえ握っていない。この間に大切な仲間が急逝した。もう一人も予期せず心筋梗塞を患い、無理が効かなくなった。その様な次第なので、自ずとゴルフ場から足が遠のいた。先日、大先輩の税理士さんから、支部ゴルフ同好会へのお誘いを頂いた。ゴルフシーズンも残すところ僅かである。久方振りに芝刈に出掛けることにする。
世間は連日GoToキャンペーンの話題で賑わっている。1泊3万円の宿が半額で泊まれるのは有難い。ウイルス感染の懸念は払拭できぬが、多少なりとも景気回復に貢献せねばなるまい。何処へ行こうか。東北が大好きだが、名勝は殆ど行き尽している。積み残しは会津西街道か、宮沢賢次のイートハーブ程度しかない。今回は突然の思い付きゆえ日程に余裕がないので、近場の会津を選択した。

東京から休み々高速を走ること5時間、そろそろ限界の頃合いに裏磐梯に着く。日が陰ると気温は6度まで下がり、高地を甘く見た軽装の身には寒さが堪える。五色沼湖畔は紅葉の見頃だが景色を愛でる余裕などなく、早々に退散して北方の桧原湖へ向う。桧原湖は明治中期の磐梯山噴火に因り出現した堰止湖で、湖底には水没した旧桧原村が眠る。往時は米沢街道の宿場町として賑わっていたらしい。
NHK/BSで放映中の「グレートトラバース 日本3百名山」の第248座が西吾妻山であった。今夏に放映されたが、実際に田中陽希君が登ったのは1月初めである。桧原湖東岸の早稲沢温泉を出発して、一切経山経由で安達太良山を目指したが、猛烈なホワイトアウトに遭い一切経山は断念せざるを得なかった。TV画面からも冬山の過酷さが良く分かった。安達太良山登山の後に行程中断を決意し、歩いて320KM離れた神奈川県の自宅へ帰るというドラマチックな展開になった。間もなく東北シリーズが再開されるので楽しみだ。
会津若松は城下町の佇まいを色濃く残す、風情のある地方都市である。ならぬことはならぬものです。什の掟が良い。懐かしい田舎料理が賞味でき、良質の温泉場も有るので是非再訪したい。会津藩家老西郷頼母の屋敷を移築した会津武家屋敷、蒲生氏郷時代に創建された鶴ヶ城内の茶室麟閣、回遊式庭園と薬草栽培で知られる御薬園などを訪れたが、意外に小振りな建物で今でも十分に居住できそうだ。お抹茶を頂き、ぼんやり水面を眺めていると時が経つのも忘れる。
想定外に時間が押したので、会津西街道沿いの塔のへつりや南会津に着いた頃は既に真っ暗であった。秋の日のつるべ落としとはよく言ったもので、日光を目指して只管山路を走るだけの旅になった。

関連記事: