■ 湯河原 ゆ宿藤田屋

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肌寒い週末の午後、後回しになっていた自分と嫁の確定申告書を仕上げて、漸く長い季節労働から解放された。時あたかも啓蟄(けいちつ)、間髪を入れずに体内の温泉虫が蠢き出す。何処へ行こうか?そうだ、確か嫁が熱海のMOA美術館に行きたいと言っていた。然らば湯河原にしよう。
今回は和風で趣のある旅館が好い。そうは言っても観梅の季節、希望する宿の予約は然程簡単ではない。WEB検索に小一時間を費やし、何とかゆ宿藤田屋のラスト一部屋を確保した。月曜日に跨るが已む無し、自営業の強みで臨時休業だ。
湯河原は東京の奥座敷と称される。観光地特有の猥雑さや喧騒感がなく、静かな佇まいの街である。熱海の様に、湯に強塩分の刺激がなく、穏やかな泉質で熟年夫婦にはお誂え向きだ。藤田屋は創業135年の老舗に相応しく、館内の手入れが行き届いている。坪庭や欄間彫刻は特に見応えがある。並びには2.26事件の舞台となった伊藤屋が建つ。何れ劣らぬ風格ある外観だ。
夜半に貸切状態の露天風呂に浸かった。早春賦の一節の如く、春とは名ばかりの冷たい風が吹き抜ける。丁度6年前に、東日本大震災があった。日本橋の新築ビル8階に居たが、鉄骨が不気味な軋み声を上げ、長方形の窓が平行四辺形に歪んで見えた。窓から外に投げ出されるのではとの恐怖で、四つ這いになりフロア中央に移動した。余震が収まり、運転を再開した地下鉄を乗り継いで、モータープールと化した目黒通りを歩き、家に辿り着いたのは夜中の2時過ぎであった。心身ともに底冷えがした。
当時、娘夫婦が仙台市中心部に住んでいた。高層マンションのため揺れがひどく、数日間近くの小学校に避難した。体育館には人が溢れ、止む無く空教室で机を寄せ集めて横になったがきつかったらしい。嫁が随分と気を揉んだ。
我々夫婦は東北地方が好きで、略全域を愛車で走破している。唯一、花巻・遠野とその先の三陸海岸は訪れたことがない。正確に言えば、後の楽しみに取って置いた。あれから随分時が経つが、何となく気詰まりで東北地方には足を踏み入れていない。

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