Triage(選別)

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私の故郷高松から定期刊行物が送られてきます。毎回楽しみにしているコラムがあります。エッセイストは栗林公園の近くにあるトイバナクリニックの樋端敏生院長です。樋端君は高松高校の同窓で京都大学医学部に進んだ秀才ですが、悪童の私は当時彼をオッカマ君(14世紀イギリスの哲学者ウイリアム・オッカムに引っ掛けた駄洒落です)などと呼び揶揄っていました。私が某商社に入った春、父が胃潰瘍で大量に吐血し危篤に陥ったことがあります。覚悟して喪服を携え急ぎ帰郷しましたが、その時何とか一命を救って下さったのが先代の院長、即ち樋端君のご父君でした。私の父はその後健康を回復し、何とか人並みに長寿を全うすることが出来ましたが、先代のお陰と感謝に絶えません。
さて、今回ご紹介したいエッセイですが、”震後の日本と医療”と題した、急性期医療での患者・家族の我欲とこれに対する医療側での対応の限界についての一文です。現場からの生の声が抑制的に書かれています。題名のトリアージとは戦場に於ける傷病者の治療優先順序のことですが、転じて今日では高度医療機関に於ける限られた医療資源の振分け優先順位の決定基準を意味します。最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先順位を決定するのがトリアージの原則です。患者の身分や社会的必要性で選別されることはありません。極めて民主的ですが、反面助かる可能性の有る者が全く処置されずに死に至る矛盾も生じます。それはそれで止むを得ないとする考え方です。
但しこの様に単純明快に割り切れるかどうかは意見の分かれるところでしょう。何やらリバタリアニズムを是とするか否かの議論に似ています。何れにせよ、自分や家族の生命に関わる状況下であれば、誰しも我先に最高水準の医療を求めるのは当然であって、綺麗ごとでは済みません。医療現場では時に患者側に殺気さえ漂うと言います。地域医療制度の崩壊が進み、医療スタッフの疲弊が限界に近づいている中で、医師として人間の業とどう向き合うか、悩みは尽きぬ様です。
写真は虎の門病院です。当事務所からほんの100M程度の距離にあります。高度の先進医療を担う総合病院で、急性期治療や慢性疾患治療のため他の病院から転院される患者さんが多いと言われています。先週のNHKスペシャルで白血病専門医の苦闘が紹介されていました。末期患者の医療への一縷の望みと、対峙する医師の重圧が痛々しいほど感じられました。

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